2018年12月25日

フクシマから来たウサギ(5)

 薬は効かなくなっていた。黒いウサギは動けなくなり、ほとんど餌を食べなくなった。それが衰弱に拍車をかけた。あえぐウサギを抱きながら、女性は涙を流した。
「もう頑張らなくていいから」
 苦しむ我が子を見ていられない叫びだった。ところで、女性には喘息を病む兄がいた。いくら苦しくても、物を食べることはできたから、注射器を使ってすり下ろしたリンゴを、ウサギに呑ましてみるように言った。
「こんなに苦しんでいるのに?」
 絶句した女性は、半信半疑ながらも、ウサギの口にリンゴの汁を流し込んだ。その途端、ウサギのおなかがグウとなった。腹が空いていたから、薬が効かなくなっていたのかもしれない。
 それから、ウサギの病状は回復に向かい、苦しげなあえぎも聞こえなくなり、自分で香菜を食べるほどになった。以前見られたように、口許を活発に動かして、葉を頬張るさまを、女性は喜んでビデオに収めた。
 翌日の夕方、命の時計が鐘を鳴らした。にわかに病状が悪化し、口を開いてあえいでいる。あいにくその日は休診日で、ウサギを獣医のもとにつれて行くことはできなかった。ウサギは大きく目を見開いた。残された時間が数分であるのをようやく悟った。女性が部屋を出るのを見届けると、大きく息を吸い、ゆっくり目を閉じた。


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2018年12月24日

フクシマから来たウサギ(4)

 それからまた二年ほど過ぎた。ウサギにとっては、日の長さが変わることと、暑くなったり寒くなったりすることが 時間をとらえる手がかりだったが、女性の部屋の明かりやエアコンの空気調節により、いつも快適な時を過ごせることで、時間の感覚を失っていた。
 ただ、遺伝子に組み込まれた命の時計は、確実に終末に向かって進んでいた。ウサギは寒くもないのに、クシャミを繰り返した。人間もクシャミぐらいはするもので、鼻風邪みたいにすぐに治るんじゃないか? 獣医に診せると、スナッフルという病気だと言われた。処方された薬を飲ませると、すぐにクシャミは止まった。そこで薬をやめてしまった。
 ところか、潜伏した菌は耐性化していった。しかも、放射能の影響がふたたび現れ、免疫力は低下していたから、止まらなくなったクシャミは、黒いウサギの鼻孔をふさぎ、鼻をかむこともできないから、鼻水が気管支に流れ込んだ。ぜいぜいする音が聞こえ、苦しくて口を開けてあえいだ。それはちょうど、人間における喘息の発作に似ていた。(つづく)


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2018年12月23日

フクシマから来たウサギ(3)

 幸せな日々は五年ほど続いた。その頃からウサギは、元気を失いはじめた。食欲が衰えて体重も減ってきた。子供の頃に浴びた放射能の影響かどうかは、ウサギはもちろん、女性自身も考えたことがなかったが。
 獣医に診察してもらうと、どうやら卵巣癌にかかっているらしいことが分かった。生殖機能は失われてしまうが、命を助けるには他に方法がない。伴侶がいないのだから、もとより子孫は作れない。手術が行われて、ウサギは一命を取り留めることができた。
 こうして黒いウサギは、ウサギ並みの寿命を生きられることになった。ただ、老いというものが迫ってきた。以前の美しい毛並みも艶が失われ、歯が曲がって生えてきたことで、大きなままの野菜や果物が食べられなくなった。女性がそれに合わせて、小さく切ってくれたから、食べる上で不自由することはなかった。(つづく)


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