2018年11月27日

坂口安吾の「日本文化私観」に関して

 これは戦時中の1942年(昭和17)に書かれた。安吾は「ブルノー・タウトが絶賛する桂離宮」を見たことがない。京都や奈良の寺院が燃えてしまったとしても、一向に構わないと言う。文化を創り出すのは人間であり、戦争で焼失したとしても、人間がいれば再建できるからである。
 伝統的な文化、例えば、茶ノ湯なども、それを作り出した利休にとっては、創造だったろう。しかし、現在の茶ノ湯は礼儀作法となり、形を模倣することが、まず求められる。形を通して過去に作り上げられた理想に近づくのであって、現代人が創造に与するわけではない。
 日本人の場合、茶ノ湯に生半可な知識があるから、新鮮でも何でもないし、模倣を強いられる点で受け付けない場合が多い。一方、外国人にとっては、全く新しい価値との接触であるから、日本人よりも、美の核心に触れるという発見がある。
 秀吉を評価するのは「彼の命じた芸術には、実に一貫した性格がある」からであり、「人工の極致」「最大の豪奢」に徹して「清濁合わせて呑む」ところである。そこに形式にとらわれない大胆な精神が認められるからである。
 安吾が美しいと感じた物。小菅刑務所、ドライアイスの工場。駆逐艦。そこに共通しているのは、一切の無駄がないという点である。言葉を削ることで磨き上げる推敲が、文学の鍵であるこということに、通じるところが見いだされたからだろう。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 11:54| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする