2018年11月05日

大山は「おおやま」にあらず(9)

 参道を下ったところで、現在の大山寺本堂に向かう石段があった。足ががくがくであったし、時間的な余裕がないので、石段の下で合掌した。先述したように、ここはかつて大日堂だったところである。
 伯耆の大山寺(だいせんじ)の場合も、相模の大山寺(おおやまでら)のように、かつての本堂を神社側に奪われ、やむなく、山下の塔頭(たっちゅう)を本堂にせざる得なかったわけである。
 五時頃のバスまで、二十分しか残っていなかった。停留所前のロッカーから、荷物を取り出し、下山届を出すと、ホテルに電話して到着が七時頃になると伝えた。もうバスが来ており、あわてて乗り込んだ。
「いつもぎりぎりなんだから」と僕はこぼした。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:18| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする