2018年11月02日

大山は「おおやま」にあらず(8)

 大山をまだ半分ほどしか下っていなかった。これでは三時半のバスには乗れず、四時半のバスも危うかった。いったん下っても、また階段を登ったりする。行者コースというだけあって、山伏が修行するには向いているのかもしれないが。
 大神山(おおがみやま)神社奥宮のところで、先ほど声をかけてくれた人たちに会った。「道、分かりましたか」と聞かれたので、よくお礼を言っておいた。この社殿は神仏習合の権現造である。実は江戸時代まで、ここが大山寺の本堂で、本地仏の地蔵菩薩と、化身である大智明権現(だいちみょうごんげん)を祀っていた。廃仏毀釈で山伏や僧兵は追い出され、大国主命を祀る神社となった。本尊の地蔵菩薩は下方の大日堂に移された。それが現在の大山寺の本堂である。参拝してから、石を埋め込んだ参道を下りていく。
 本殿に向かって左側に、本坊西楽院跡がある。かつての大山寺本堂の下に、法親王が住まわれた本坊があったわけである。御成門、出家門、武家門と三つの門を持つ壮麗な伽藍を誇ったが、明治八年に大山寺の寺号を廃され、維持ができなくなった。寺号は明治三十六年に復活が許されたが、かつての隆盛は見る影もなくなった。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 02:19| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする