2018年11月14日

木次線は「きすきせん」(2)

 案内のおじいさんがメガホンでクイズやジャンケンなどやり出した。しかも、子供向けにおかしなイントネーションでしゃべるので、ちょっとくつろげない。赤字路線の木次線を廃止させないように、地元住民が沿線で手を振ったり、駅で物を売ったり、一生懸命なのは分かるのだが。
 トンネル内は寒く、車輪のこすれる轟音が鳴り響いていた。天井の大蛇のネオンの光が際立つ。おじいさんの説明では、トンネルは八岐大蛇にたとえられ、トンネルの数を大蛇の匹数でカウントしていた。ループしている道路を、八岐大蛇の姿をかたどっているとも言っていた。
 鉄道マニアを喜ばす存在といったら、出雲坂根駅の三段式スイッチバックである。構内にはその姿を元にした模型が展示されていた。これも八岐大蛇の頭にたとえられた。
「さあ、列車はどちらの線路を進むでしょうか」と子供相手にクイズを出していたが、元来た線路を戻ってしまったら、スイッチバックしている意味がない。(つづく)


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2018年11月13日

ぼくがダライラマ?(60)

 そのまま出て行こうとした。ぼくは苛立った。思わせぶりの言い方が、当てこすりのように思えてしまったからだ。自分の娘を傷物にされて、黙っている父親があるだろうか。
「ぼくが娘さんに好意を抱いてるのを知りながら、何もなかったこととして嫁に出すわけですか」
「猊下の好意を受けたということは、娘にとって光栄の至りと申すべきことであり……」
「あなたは分かってるくせに、問い詰めようとしない。ぼくは龍王殿の中で密会してたんです」
「密会?」
「密会だけじゃない。結ばれたんです」
 にわかに摂政の顔色が変わった。青ざめていた顔が急に赤くなり、力なく垂れていた手も微かに震えている。ぼくは摂政にしてやられたと思った。言わなくてもいいことを、自分から白状させられたんだ。
「やはり、そういうことだったんだな。猊下が平民だったら、斬り捨ててやるところだ!」
 摂政はこちらの肩をつかんだ。激しく揺さぶられ、押し倒されそうになった。
「猊下は罪を背負って生きていかなくてはならない。娘のお腹に出来たのは、不義の子ということだ。相手の貴族もそれを知らない。娘が苦しむ分、その業に猊下も苛まれ続けるのです」(つづく)


 
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2018年11月12日

廃仏毀釈で修験道がなぜ目の敵にされたか

 江戸時代の庶民にとって、日本で最も偉いのは江戸の公方様、二番目に偉いのが領主であるお殿様だった。江戸時代の外交では、徳川将軍は日本国王、大君であり、アメリカのペリーは、Emperorである徳川家慶宛の大統領の国書を持ってきた。
 幕府は初代将軍、徳川家康を神格化することで、権力を揺るぎないものにしようとしていた。そこには、天台宗の僧天海の入れ知恵があった。徳川家康は東方浄瑠璃世界の教主である薬師如来が、化身として日本に生まれた神、東照大権現であるという信仰が編み出された。日本中に東照宮が作られたのはそのためである。
 幕末になると、尊王攘夷の思想が擡頭するが、天皇が日本の中心であるという思想は、水戸学の影響を受けた武士や、国学者の間にはあったものの、庶民の間では依然として、江戸の公方様が日本の支配者だった。
 天皇中心の新政府を作るためには、真言宗が説いた信仰、「日本の神は仏の化身」という本地垂迹説が都合悪かった。天照大神の子孫が天皇であると主張する上で、天照大神が大日如来の化身であっては、日本がアジアの中心であるという思想を、庶民に刷り込むことができないからである。また、仏教の説く慈悲の精神を否定しなければ、徴兵制によって庶民を戦地に送り込んで、敵兵を討たせることもできない。
 神仏習合を体現していたのが修験道である。山伏は半僧半俗の存在で、幕府の宗教政策のもとでは、真言宗や天台宗の支配下に置かれていた。修験道が信仰の中心にしていたのは、仏の化身である神、権現だった。修験道の開祖、役小角が感得した金剛蔵王権現や、熊野三社の熊野権現が、古来から信仰されていた。武蔵国の高尾山では飯縄大権現、相模国の大山では石尊大権現といったように、修験道では神仏習合の多くの権現が信仰されていた。
 明治維新で幕府の権威を失墜させるためには、神仏分離を行い、東照大権現を否定する必要があった。権現という存在を抹殺する上で障害になる修験道は、明治政府はよって徹底的に弾圧されたと考えられる。


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