2018年09月16日

境港は妖怪の門前町(1)

 鳥取県境港は弓ヶ浜の先端、中海(なかのうみ)と美保湾にはさまれた漁港の町である。江戸時代には西回り航路の寄港地として栄えた。戦後は工業団地が造られたり、水産加工の工場ができたりした。隠岐へのフェリーも就航している。ただ、四半世紀前までは、一般の人には知られていなかった。

 今年の夏、友人とともに米子空港に下り立った。正式名は米子鬼太郎空港、鬼太郎とは水木しげるの妖怪漫画『ゲゲゲの鬼太郎』のことで、空港からほど近い境港は、水木しげるが育った町である。朝ドラで作者と夫人を描いた『ゲゲゲの女房』が放送されてからは、幅広い国民の人気を得るようになった。 
 着陸したのは午前十一時前で、空港の天井からは、鯨に乗った鬼太郎と妖怪たちの飾りが垂れ下がっていた。まず向かったのが、境港線の米子空港駅。境港線は非電化のローカル線で、一時間に一本しか列車がない。やって来たのは、鬼太郎列車。車体には鬼太郎と妖怪の絵が描かれている。中は幼児のけたたましい声があふれていた。(つづく)


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2018年09月14日

坂口安吾の「白痴」

 坂口安吾は子供の頃から、型にはまった生き方を嫌っていた。学校の授業を嫌って中学校で落第。その代わりに、スポーツには熱中していた。父の死後に文学に目覚め、仏教を研究しようと、東洋大学印度哲学科に入学。在学中にアテネフランセにも通い、知り合った友人たちと同人誌を創刊した。昭和6年25歳の時に、牧野信一に「風博士」を激賞されたことで、作家としてデビューを果たした。ただ、本領を発揮したのは、戦争体験を経てからなのではないか。「白痴」は戦争の極限状態を描いた短編で、終戦の翌年に発表された。

 新聞記者の伊沢が住む町には、欲にまみれた俗人と狂人が住んでいた。軍部におもねった記事を書く仕事を、賤業中の賤業とさげすみ、自己嫌悪に陥っている。かといって、会社をやめたら煙草が吸えなくなると思っている。ソクラテスは「無知の知」を語ったが、伊沢の場合は俗悪な自他を見つめることで、極限の先に聖をかいま見ようとする。
 ある日、白痴の女が伊沢の部屋に潜り込む。女は伊沢に好意を抱いて逃げ込んできたのだった。伊沢は迷惑に感じながらも、無下にはできずにかくまってやる。しかし、女を部屋に隠しているのを知られたらと恐れる点では、いまだ俗人なのである。
 すべてを焼き尽くす空襲が、世間の常識や思惑も破壊していく。どんな極限状態にあっても、人間は生きている限り、現実を見つめる目を持つことができる。焼夷弾の雨の中を逃げ惑う間、白痴の女も一時的に正気を取り戻す。抱き合うことで人間らしい気持ちがよみがえってくる。かといって、女を愛しているわけではない。女を捨てるだけの張り合いがないだけだった。
 自分の内心を突き詰めていけば、世間で持てはやされる物語など、絵空事のように感じられてしまう。極限に立って、あらゆる欺瞞を退けて見つめることが、坂口安吾の文学的姿勢なのだろう。


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2018年09月12日

ぼくがダライラマ?(55)

 セックス・ヨーガだった。仏が女神と交わってるタンカは、ともに悟りを得た姿を表している。悟る前はともに生身の男と女。ただ、交わればいいというのではない。交わりながらヨーガをすることで、脊髄の下に眠る蛇の力を、頭頂に引き上げるというのだ。
 壁の図像に気を取られていると、女の腕が伸びてきた。話がしたいとか何とか言ってたが、要するに、抱かれたいってわけか、好きでもない男のもとに嫁に行かされる前に。
「猊下、ただ一度でよろしゅうございます」
 女は恥じらって、それ以上言えない。僕は面倒くさくなった。いくら童貞といっても、やり方を知らないわけではない。周囲に役人と坊さんしかいなかったから、性欲だって抑えられてきただけだ。目の前に身を捧げたいっていう女性が現れたら、それを抑えるいわれはない。
 セックスで悟りがえられようが地獄に落ちようが、なるようになれって感じだった。どうなるかも分からなかった。チベットでは手淫の習慣がない。精液が仏になるための菩提心だなんて言われたら、怖くてチンボコで遊べないじゃないか。(つづく)


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