2018年08月29日

島でなくても桜島(8)

 尚古集成館は1865年(慶応元)に、金属加工の工場として建てられた。日本で最も古い工場建築物だという。薩摩を支配した島津氏の歴史と、近世における近代化の功績が紹介されている。金属を溶解する反射炉や石橋の模型、大砲、湿版写真機などが目についた。
 島津氏は鎌倉時代からの名家で、西洋式技術の導入を始めたのは島津斉彬である。西郷隆盛を抜擢したのも斉彬だが、斉彬の死後、実権を握った久光によって、西郷は奄美大島、次いで沖永良部島に島流しにされた。
 薩摩藩財政が逼迫したのは、将軍家斉の御台所に、島津重豪(しげひで)の娘がなってからである。外様大名の島津家から直接輿入れできないので、一旦近衛家の養女としてから江戸城に入った。また、将軍家定の御台所となった天璋院も、島津家から近衛家を介して輿入れしている。そのために膨大な費用がかかったのである。
 普段は質素な暮らしをしていたと言うが、調度品、例えば、陶器やガラス工芸の薩摩切子などを見ると、豪勢な大名の生活が目に浮かぶ。人形なども幼児ほどの大きさで、水滸伝の武将が、足柄山の金太郎みたいに可愛い顔つきで作られている。
 更に、財政逼迫に拍車をかけたのが、西洋式技術の導入であり、そのための費用は、琉球を介した密貿易の利益、琉球から割譲した奄美に、黒糖地獄と呼ばれる重税を課しただけでは足りず、藩内の千以上の寺院を廃寺にして、仏像仏具を解かした貴金属により、偽金を鋳造することでまかなわれた。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:44| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする