2018年08月24日

ぼくがダライラマ?(53)

 龍王譚はポタラ宮の裏手にある。大きな池の水面は黒い鏡だった。薄い雲が切れて月の光が増すと、大空は青みがかってきた。その分、星は数えるほどしか見えない。
 そのとき、龍王殿が建つ池の前に、人影が立っているのが分かった。トルコ石の髪飾りをつけ、黒地に花柄の刺繍を縫いつけた服をまとっている。ランプを顔に近づけると、摂政の娘だった。こんな真夜中に誰が手引きをしたというんだろう。魔性の女だ!
 娘は手を差し伸べると、「猊下」と言いながら握ってきた。思い詰めたように、表情をこわばらせている。ずっと待っていたのだろうか。女の手は冷えている。
「こちらへ」
 言われるままに池の縁に立つと、そこには神殿に渡る小舟がつながれ、召使いの男が膝をついて侍っていた。中にはランプ、バター茶、おまけに寝具までが積んである。
「これは!」
 当惑したまま、ぼくは女の手に引かれ、小舟の中に腰を下ろしてしまった。してはいけない一線を、今まさ越えようとしているのだった。(つづく)


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2018年08月23日

島でなくても桜島(6)

 赤水の桜島焼窯元では、火山灰に温泉を練り込んだ粘土で焼き物を作っている。この時期の三月は雨が多く、かたどった物が一週間しても乾かないため、生産量が落ちるらしい。銀を混ぜた灰色の陶器が、渋くてなかなか良かったのだが、値もかなり張るため、手頃な花瓶しか買えなかった。
 最後に向かったのが湯之平(ゆのひら)展望所。対岸の鹿児島市街は小雨に煙っていたが、山の全容がよく眺められ、大正三年に山腹から噴火した火口も確かめられた。下方には幾つか砂防ダムが設けられている。活火山である桜島山頂に、最も近づいたわけたが、まだ麓の高台といった感じである。これより上は工事関係者を除いては、立ち入り禁止となっている。
 桜島の山頂だけは雲がかかっていた。ただ、朝方ユースホステルから見た噴煙は灰色だったから、この雲は火山活動とは関係ないようだ。桜島港に戻ったのは十二時半。観光バスで島内を一周するのもなかなか良かった。(つづく)


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2018年08月22日

島でなくても桜島(5)

 かつて大隅半島の間には、幅400メートル、水深72メートルの海峡があった。大正大噴火では、流れ出した熔岩が、雪崩のように折り重なり、海底から噴き出した方も、小石を重ねたように盛り上がった。海峡を埋め尽くした岩場は、有村展望台からも認められた。
 現代の日本人は、火山の本当の恐ろしさを知らない。一つの集落を埋没させるほどでも、火山爆発指数は4で、数字が1上がるごとに規模は10倍になる。桜島の本体で錦江湾の海底にある姶良カルデラは、指数7の巨大噴火を起こしており、これは日本を滅亡させるほどの規模である。

 女流作家林芙美子の文学碑は、古里(ふるさと)公園に建っている。森光子が演じた『放浪記』の原作者で、女給をしながら小説を書いていた。流行作家になったが、朝鮮戦争のさなかに過労で亡くなった。
「花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かりき」とある。右脇に女史の銅像が寄り添っている。(つづく)


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