2018年08月31日

島でなくても桜島(9)

 再びフェリーに乗って、桜島ユースホステルに戻ってきた。親しくなったスイス人の若者と、言葉や文化について話した。「とてもいい辞書なんだ」と言いながら、英語で説明された漢字辞典を見せてくれた。当時はまだスマホは登場していなかったから、外国人も紙の辞書を使っていた。
 漢字辞典には、音訓引きと部首引き、総画数引きがあるが、外国人用の辞書はもっぱら総画数引きになっていた。スマホなら書き順など分からなくても、画面にただ書くだけで文字が認識されるのだが。当時の欧米人にとっては、漢字を調べるだけでも難行苦行だったのだ。
 話は言葉から、文化の問題に移っていった。侵略された国の民衆は、ナショナリストになりやすい、と僕が言うと、彼は「ナショナリストには二つある」と説明してくれた。
「一つはネオナチや、スキンヘッドやってるような人間。もう一つは、自分の国を愛している人間だよ。小さな国は守るために、自分の国を鎖さなければならない。アメリカの小さな部族なんかは、周囲から影響を受けたら、自分たちの文化を失ってしまうからね」
 彼はスイス人でプロテスタントだが、自分たちがそう呼ばれるのを好まない。protest(抗議する)は良くないから、reformist(改革派)と呼ぶのだそうだ。カトリックに関しては批判的で、家の宗教として慣習の形で守っているに過ぎないと答えた。彼は宗教の表面的な違いより、通底するものの方に関心を持っていた。
「本当は宗教の違いなんか関係ないんだ。キリスト教でも、仏教でも、イスラム教でも」(つづく)


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2018年08月30日

ヨーグルトメーカーで実際に作ってみた

 ヨーグルトメーカーを買って、実際にヨーグルトを作ることにした。そこで考えたのは、どんなヨーグルトを作るかということである。
 最初に気をつけなければならないのは、ヨーグルトの中には、熱処理をして殺菌してしまっているものもあるということ。L-92乳酸菌は菌が死んだ状態の方が、花粉症などに効果があるという。だから、ヨーグルトメーカーで発酵するはずがないのである。
 具体的にヨーグルトを作る方法は、ネットで検索すれば見つかる。ただし、人によって酸味が弱い方がいいか、よく固まっていた方がいいかなど好みが異なるから、微調整は必要である。ヨーグルトメーカーは、初期設定では40度、8時間となっているが、多くの場合、43度8時間が最適のようである。ただし、カスピ海ヨーグルトの場合、27度が最適温度だから、夏場だとエアコンの部屋で、ヨーグルトメーカーなしで作れる。
 実際に作ってみた感想だが、免疫力を高めると言われるR-1が、クリーミーでとてもおいしかった。ピロリ菌退治に効果があると言われるLG21は、酸味が強めだった。ガゼリ菌SP株は、肥満対策にいいらしいが、酸味はあまりなく甘みを感じた。個人的には、R-1が一番好みに合っていた。
 作る際には液体でも固体でもいいが、液体の方が注いでふたをして、揺するだけでいいから簡単だし、雑菌が入る恐れが少ない。固形の物だとスプーンを熱湯消毒しなければならないし、かき混ぜ方が不十分だと、だまができて舌触りが良くない。分身で作り続けると、菌の力が弱まり、よく固まらないし味も落ちる。液体のヨーグルトで毎回作るのがおいしい。もし、費用を節約したければ、小瓶の半分でも1リットル作れる。


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2018年08月29日

島でなくても桜島(8)

 尚古集成館は1865年(慶応元)に、金属加工の工場として建てられた。日本で最も古い工場建築物だという。薩摩を支配した島津氏の歴史と、近世における近代化の功績が紹介されている。金属を溶解する反射炉や石橋の模型、大砲、湿版写真機などが目についた。
 島津氏は鎌倉時代からの名家で、西洋式技術の導入を始めたのは島津斉彬である。西郷隆盛を抜擢したのも斉彬だが、斉彬の死後、実権を握った久光によって、西郷は奄美大島、次いで沖永良部島に島流しにされた。
 薩摩藩財政が逼迫したのは、将軍家斉の御台所に、島津重豪(しげひで)の娘がなってからである。外様大名の島津家から直接輿入れできないので、一旦近衛家の養女としてから江戸城に入った。また、将軍家定の御台所となった天璋院も、島津家から近衛家を介して輿入れしている。そのために膨大な費用がかかったのである。
 普段は質素な暮らしをしていたと言うが、調度品、例えば、陶器やガラス工芸の薩摩切子などを見ると、豪勢な大名の生活が目に浮かぶ。人形なども幼児ほどの大きさで、水滸伝の武将が、足柄山の金太郎みたいに可愛い顔つきで作られている。
 更に、財政逼迫に拍車をかけたのが、西洋式技術の導入であり、そのための費用は、琉球を介した密貿易の利益、琉球から割譲した奄美に、黒糖地獄と呼ばれる重税を課しただけでは足りず、藩内の千以上の寺院を廃寺にして、仏像仏具を溶かした貴金属により、偽金を鋳造することでまかなわれた。(つづく)


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