2018年05月17日

mqaファイルはすごい音がする

 ウォークマンのAシリーズを買ってから、音楽漬けになっている。CDをアップサンプリングして、擬似的なハイレゾにすると、ミュージシャンがスタジオで演奏している時の生の音楽、魂に響く痺れるような感覚が味わえるのを知っていた。
 ただ、CDをいちいちパソコンに入れ、コルグのDACにヘッドフォンつないで、テーブルの前に座りきるのは億劫だった。それがflac形式に可逆圧縮したファイルをウォークマンを突っ込めば、ポケットに入れた端末から、悩殺されるような音が聞こえるんだから、リズムに乗って踊ることもできるし、ソファに寝っ転がって夢見心地に陥るのも気持ちいい。これって音楽中毒だな。
 ハイレゾのファイルは三千円とかするから、気軽に買えない。もしCDをたくさん持っているなら、好きなアルバムをflacにして、「DSEE HX機能」をオンにして聴いてみよう。音楽って全身で感じるものだったというのが分かる。以前、購入したハイレゾのファイルと、アップサンプリングしたCDの音は、ほとんど区別がつかない。CDにない音を、データベースに基づいて補完しているからである。mp3をアップサンプリングした場合には、迫力は増しているものの、音の粗さに気づいてしまう。
 ハイレゾは値段が高いばかりでなく、容量が半端なく大きいのがネックである。CD程度の大きさでハイレゾと同様の高音質を実現しているというのが、mqaファイルである。MQA-CDからflac形式でリッピングしても、mqaの高音質は維持される。ただし、拡張子をmqa.flacというふうに変更する必要がある。これによって、ウォークマンや対応するDACに、mqaにたたみ込まれた高音質の部分を、展開するように指令を出すのである。
 僕はe-onkyo(http://www.e-onkyo.com/music/)でジョージ・ベンソン George Benson の《ブリージング》Breezin'を購入した。何度か聞いたことがあるアルバムだが、これには驚いた。霧がすっかり晴れた青天を見るようで、演奏の場にいるような感覚を得たからである。
 mqaの特徴は高音質を小さな容量にたたみ込むだけではない。従来のハイレゾでも、デジタル化する際に発生したわずかな音のぶれを、すっかり解消する技術なのである。これはいい。ハイレゾ買うならmqaだなと思ってしまった。ただ、いきなり買うのはと考える場合には、試聴してみるのがいいだろう。mqaをはじめとするさまざまな形式のファイルを、試聴させてくれるサイトへのリンク(http://www.2l.no/hires/)を貼っておこう。


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2018年05月16日

しまなみ海道は尾道から(5)

 海辺の様子を写真とビデオで撮し、白い恐竜も写真に収めた。因島大橋の因島側の手前に展望台があるので、そこに行ってみることにした。急な斜面に設置された歩道を進むと、因島大橋の全貌を収めるのにベストな眺望が開けていた。写真に撮ると、ベンチに腰を下ろし、しばし時の過ぎるのを忘れる。
 しまなみ街道を一日で走破できるだろうか。電動自転車では、バッテリーが途中で切れるから、どこで充電するかという問題が生じる。そのせいで、日をまたいでの貸し出しはしていない。となると、昔ながらのサイクリング車でということになるが、若者のようなバイタリティーはもうない。電動自転車で走破するのは、やはり無理か?
 我に返った。カメラをしまうと、荷物をまとめて自転車にまたがった。「あとは止まらずに走ろう」と友人に促された。因島大橋を渡ってしまうと、ひたすら元来た道を戻っていく。とは言っても、向島の海岸に沿って進むと、並木の向こうの海が午後の光を浴びてきらめいている。凪いだ海の上に無数の漁船が漂っている。宮城道雄の「春の海」という箏曲を思い出した。盲目の眼が想像した水面の光を、弦の調べに換えたものだ。あれは鞆の浦だから、ここからそれほど遠くはない……。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 02:13| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

映画『男はつらいよ』について

 今回、山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ全作を見て、僕自身が感じたことをエッセイの形でまとめることにした。これは一種の「覚え書き」であり、作品自体を見たことがない人にとっては、何の参考にもならないだろう。また、作品の印象を述べるに当たって、どうしてもあらすじに触れざるを得なかった。
 いわゆる「ネタバレ」の問題は、作品について論じる場合には、どうしても切り離すことができない。とはいっても、『男につらいよ』のシリーズでは、余り大きな問題にはならない。久し振りに寅次郎が柴又に戻ってきて、とらやの人たちと大喧嘩をする。飛び出していった旅先で、出会った女性と恋に落ちるものの、相手に振られるか、自ら身を引いて失恋というパターンは、多少のバリエーションを示しながらも、大きく変わるところがないのだから。
 では、なぜ、『男はつらいよ』のシリーズは人気を保ち続けてきたのか。懐かしい昭和時代の下町の人情、旅先で出会う日本各地の風俗を描いたからとも言われるが、車寅次郎という主人公が、堅苦しい日常に縛られないアウトローであるところが大きい。寅次郎のように、他人との衝突を恐れずに本音が言いたい、世間の常識などにとらわれずに、自由気ままに生きたいという願望を、誰でも持っているからだろう。

 では、車寅次郎という主人公は、どのような形で生まれたのだろうか。山田洋次監督は『寅さんの教育論』の中で、『男はつらいよ』を構想した経緯に関して、寅次郎を演じた渥美清の少年時代がヒントになったと述べている。

 渥美さんは、三日ぐらいにわたって、旅館の部屋でごろごろしながら、いろんな話をしてくれたんです。いわばその話の内容が、「寅さん」という映画の原型となっていると思うんですけれど、それは主として彼の少年時代の思い出話でした。

 そこから葛飾柴又、帝釈天の参道、団子屋に車寅次郎という不良少年といった設定が自然に浮かんできたという。勉強についていけず、授業が分からなくても、渥美少年には学級の生徒の心をなごますという特技があった。一見役に立たないように思えるものでも、必ず存在する意味がある。何でも杓子定規に扱う平成の世とは異なり、昭和時代にはいい意味でのいい加減さもあった。温かく人の成長を見守る余裕もあった。山田監督が渥美清の死をもって、「男はつらいよ」シリーズの製作打ち切りを決意したのも、車寅次郎という主人公の原型が、少年時代の渥美清にあったからである。

 観客はとらやの人々を家族のように感じ、封切られるたびに、懐かしい人々との再会を喜ぶ。現実の世界におけるように、寅次郎も中年、初老へと年を重ねていく。妹さくらの息子、満男も幼児から小学生、中高生を経て、大学生、社会人へと成長していく。その間に観客自身も人生を重ねていく。毎回、寅次郎が引き起こす騒動と、恋と失恋というパターンを繰り返しながらも、らせん構造のように、時の流れというものを、観客の胸に刻んでいったのである。


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