2018年04月25日

ぼくがダライラマ?(44)

 ぼくは怒りを覚えていた。何のためにぼくを屋敷に呼び出し、顔色の変化から心の内側まで探ろうとしていたのか。娘の方はというと、無表情を装っているが、こちらと引き合わされたことに動揺しているに違いない。
 娘は食べることに集中している。ヤクの骨付きの肉を手づかみし、かぶりついているではないか。感情を押し殺しているのかもしれないが、興醒めする仕草だと思った。見かねてて奥方が声をかけた。
「あなた、いくら後ろめたいことがないからといって、猊下を前にして失礼でしょう? あなたのことを紹介したいと思っただけなのですよ」
「いや、この子は隠したいことがあると、はしたない真似を癖があるんだよ。猊下も大目に見てやってください」
 摂政サンゲ・ギャツォは含むところを口許にただよわせつつ、召使いにダムニェンを持ってこさせた。
 仏教学者であり、老獪な政治家でもある摂政は、禿げ上がった額に汗をにじませながら、メンパ族に伝わる恋の歌を弾き語りした。チベットでは「卑しき担ぎ屋」と軽蔑されているのに、どうしてと思った。奥方や娘はメンパ族の言葉が分からないらしかった。
 ようやく食事が終わった。奥方は片付けをさせるために、奥に引き下がった。摂政は書斎に手紙を取りに行った。シガツェにおられる師、パンチェン・ラマから書簡が届いているというのだ。
 そのすきに娘は立ち上がり、テーブルの下の手に、何やら覚え書きらしき紙を渡した。ぼくが開いて読もうとすると、娘は首を振った。ドアが開く音がしたので、ぼくはあわてて懐に隠した。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:02| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする