2018年04月02日

厳島神社と弥山(3)

 実は、厳島神社を訪れたのは二回目である。最初は一九九六年(平成八)のことだった。広島にいた知人に案内されたのだが、すでに午後四時過ぎで潮が一番引いており、大鳥居の辺りまで歩ける状態だった。向かって左側の客(まろうど)神社の脇を進み、厳島神社本殿に向かった。
 日本三大弁財天と言えば、厳島と竹生島、江ノ島だったが、明治の初めの神仏分離令で、本殿に祀られていた弁財天は、社殿の修理造営権を握っていた大願寺に移された。満潮の時には青い水面に朱の社殿が一際映えるのだが、明治時代には神社らしく見えるようにと、社殿の朱はすべて剥がされ白木にされてしまった。本来の朱塗りに戻されたのは、二十世紀になってからで、明治という時代がいかに異常だったかが分かる。
 海に突き出た高舞台の前を通ると、向かいに朱の大鳥居が見える。これも明治の頃には白木の姿にされていた。何と味気なかったことだろう。朱塗りが何で目の敵にされたのかと言うと、厳島神社が神仏習合の施設だったのを隠蔽するためだった。厳島神社に納められた「平家納経」などで分かるように、現在の形に造営した平清盛も、まさか仏教色を除かれた姿になろうとは、夢にも思わなかったことだろう。
 要するに、厳島神社が現在のように神道色で固められたのは、明治になってからなのである。高舞台から岸の方に戻り、大黒神社の前で右に曲がり、反橋の脇を過ぎると、神社の中心を一巡したことになる。(つづく)


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posted by 高野敦志 at 02:42| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぼくはネコなのだ(pdf)

 夏目漱石の『吾輩は猫である』のパロディーです。のらネコの兄弟が母親に見捨てられた後、もう若くない兄妹と老母の家に棲みつく中であった事件を、ユーモラスに描きました。子ネコが成長する姿を楽しんでいただけたらと思います。ネコ好きの方は、ぜひご覧ください。
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