2018年03月20日

広島と原子爆弾(2)

 修学旅行では新幹線に乗った。広島には五時間余りかかった。原爆資料館とも呼ばれる広島平和記念資料館を見学したのだが、「あまりの酷さに目をおおうばかりであった」としか日記には書かれていない。衝撃的で言葉にできなかったのだろう。
 地上を太陽の火で焼いたようなものだから、懐中時計も弁当箱も、鉄骨さえも溶かしてしまった。焼けただれたケロイドの背中も痛ましいが、光った瞬間に人間の影だけが、壁面に残された写真が衝撃的だった。人間が焼き殺されて、人の形に壁が白く残ったからである。
 これは記憶に残った一部である。原爆の悲惨さについては、丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」で知っていたつもりだったが。これ以上言葉にするのもはばかられる。その日の夜、宿泊したホテルで、被爆者のおじさんの体験談を聞いた。その中で同じクラスの女子生徒が、「原爆のおかげで戦争が終わったというのは本当ですか」と質問した。当時の僕らはそのように洗脳されていたのだ。
 それに対しておじさんは、原爆投下はアメリカの核戦略の発端であり、ソ連の参戦によって戦争が終結したという印象をそぐためだったこと、核保有国による核実験で、地球の周囲に放射能の膜ができて、我々も知らずに被曝していると答えた。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:10| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする