2018年03月05日

工藤裕之の『追憶の鉄路』(1)

 子供の頃、僕も鉄道マニアだった。近隣の鉄道路線の駅名を覚えるのが趣味だった。坊さんがお経を暗記するのと同じで、リズミカルに声を出すと覚えられるものだ。一種の記憶術だったのだろうか。また、父の部屋には昭和30年代の鉄道路線図の本があったから、まだ行ったことがない地を、駅名を見ながら空想したものだ。
 北海道を初めて旅したのは、昭和59(1984)年のことだった。青函トンネルが出来る以前で、上野から急行八甲田に乗り、十一時間もかかって青森駅に到着した。すぐに青函連絡船に乗るために、桟橋へと向かった。八甲田丸の船体の大きさには驚いた。埠頭まで線路が引かれていて、貨車は船内に呑み込まれていく。津軽海峡を渡る間は、日本海から流れ込む潮を眺めていたものだ。
 函館に着くと、今はなき特急「おおとり」に乗り込んだ。函館発網走行きの長距離列車である。その頃はまだ、函館が北海道の玄関口だったのだ。北海道に来たとまず実感したのは、砂原支線に入ってからだった。大沼駅から沼の東側に沿って原野を進むと、遠方に駒ヶ岳を望むパノラマが出現した。今では特急はすべて大沼公園経由になってしまい、旅行客が目にすることはあまりなくなった。
 これが初めての北海道旅行の始まりだった。貧乏学生だった僕は、十日余りの旅で道内を回ったのだが、廃止された路線で唯一乗ったのが、網走から出ていた湧網線だった。あと、二回目の旅行で、名寄駅に停車していた深名線のディーゼルカーを見たぐらいかな。本当は廃止される前に、国鉄分割民営化で消え去った多くの路線に乗ってみたかったが、金銭的にそんな余裕はなかった。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:15| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする