2018年03月31日

ぼくがダライラマ?(42)

「これを描かせたのはどなただと思います」
「前のダライラマ五世とでも……」
「猊下は何でもご存じだ。前世になされた他の行いも、日を置かずして思い出されることでしょう」
 摂政はダライラマの秘密を明かすことで、ぼくを操ろうとしているのではないかと思った。ダライラマを頂点とする新派の密教では、現世で悟りを得ることができないことを、五世自身は知っていて、密かに古派の密教を修行していたに違いない。その秘密を民衆に知られぬように、ポタラ宮裏の池に囲まれた神殿に封印していたのではないか。
 摂政は謎めいた笑みを浮かべると、こちらの動揺を顔色から読み取ろうとしていた。ぼくの先祖が伝えてきた秘法を、自分は知ることができない矛盾を思った。古派の密教と言えば、お父さんは牧人として働きながらも、行者として村の祈祷に携わってきたのだった。ここに連れてこられなければ、ヤクや羊の世話をしながら、あの壁画に描かれた体位で、どんなヨーガを行えばいいか教えてもらえたはずなのに。
「猊下、ここで見たことは決して口外されてはなりません。猊下の師であらせられるパンチェンラマにも、お尋ねになってはなりません。猊下がそれにふさわしい境地に達された暁に、真理は自ずと明かされることでしょう」(つづく)


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みちのく・では 陸奥・出羽の旅 第2版(pdf)

 僕の青春時代から数年前に至るまでの全4回、東北を旅した紀行文です。東北は江戸時代までは、広大な地域が、陸奥・出羽の2国にしか分割されていませんでした。長らく日本人にとっては、最果ての地だったからです。
 ここには、旅の先々で感じた思いやイメージがつづってあります。エキゾチックな感覚にとらわれるのは、僕だけではないでしょう。そこには寡黙ながらも、懐の深い自然があります。気軽に読めるものと思いますので、目を通していただけたら幸甚です。
 ちなみに、表紙の写真は白神山地の十二湖で撮影したものです。
 第2版では「三内丸山遺跡を訪ねて」の一章を追加しました。以前、ダウンロードされた方は、ファイルを差し替えて下さい。
michinoku2.pdf

 パソコンですぐに開けるpdfファイルなので、保存してからご覧下さい。Adobe Acrobat Readerの「フルスクリーンモード」だと、バーチャルな書籍がモニターに再現されます。iTunesからダウンロードする場合は、マイミュージック→iTunes→podcasts→当該のフォルダの下に、ファイルが入ります。

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2018年03月30日

沖縄を旅して

 僕が沖縄を旅したのは、二十代の終わりと三十代の前半、まだ二十世紀だった頃である。それからもう二十年も経ってしまった。飛行機に乗ってしまえば、本島で二時間、宮古島でも三時間で着く。現在では石垣島への直行便も飛んでいる。とはいっても、島々をゆっくり巡るには費用も時間もかかる。本土から遠く離れているだけでなく、文化面でも本土とは異なる点が多い。
 沖縄の文化は中国を父、日本を母として育ったと言われる。食文化や住居を見ても、中国と日本を折衷したものが多い。琉球王国の時代、明や清に朝貢していたから、琉球国王は中国の皇帝から冊封を受け、領内では中国の元号が使われていた。ただし、住民の多くは古代に九州から移住した人々であるとされ、文化の深層では日本人が忘れてしまった精神を伝えている。ウチナーグチと呼ばれる琉球方言も、耳で聞いて分からないとはいえ、日本語の方言の一つである。その一方で、古代の日本とは異なる創世神話を持ち、祝女やユタなどの独特な宗教文化を育んできた。
 ところが、琉球処分以降、本土の日本人は沖縄に対する差別感情を抱くようになった。これは琉球王国の時代、侵攻した薩摩藩が琉球の使節に対し、異国風に装うことを強要したこと、地名の漢字表記なども、分かりにくく改変してしまったこと、本土の日本語がほとんど通じなかったことなどが関係する。
 それが第二次世界大戦における沖縄戦の悲劇を生む。日本人に同化することを強いられ、方言を話すことは厳しく禁じられた。地上戦が行われたために、県民の四人に一人は死亡したとされる。本土が形式的に独立した後も、アメリカによる統治は続き、日本に復帰した後も駐留するアメリカ軍基地の多くが、沖縄に集中するという結果を生んだ。そして今、辺野古に建設されようとしている基地をめぐって、反対する住民に対して本土の警官が多数送り込まれ、力尽くで抑え込もうという威圧的態度が問題となっている。本土の日本人は、いまだに沖縄の魂を傷つけているということを忘れてはならない。


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