2018年02月16日

時を止める湖面(4)

 それにしても、この湖の印象はほとんど変わらない。ただ、ああと声を洩らしたきり、言葉を失ってしまうのだ。言葉を吸い込んでしまうのだろうか。言葉だけじゃない。時すら止めてしまう力がある。二十一歳の時に覚えた感動を、初老の年になっても抱いているのだから。時間なんてものは、古代インド人が考えたように、自我が抱く幻なのかもしれない。あの時の僕と今の僕は、内面ではほとんど変わっていない……。
 人が周りにいなければ、鳥の声、虫の声さえ聞こえる沈黙が支配する。白樺に留まったカラスさえ、辺りの静寂に耳を傾けている。眺めていても飽きることがない。ハイビジョンの4K画面を見ているように、色そのものが快楽なのだから。
 唯一の悩みは、飛んでくる虫だ。季節にもよるのだろうが、羽蟻の数が半端じゃない。払っても払っても飛んでくる。そして、動画を映している腕や顔に留まる。カメラが手ぶれを動かすから、じっと耐えているしかない。 しばらくすると、薄雲が上空に現れた。湖面は幾分白んできて、感動させる青さは薄れる。摩周湖は霧や雲に閉ざされることが多く、くっきり湖面を仰ぐことができるのは運がいい。ただ、摩周ブルーを目にした人は婚期が遅れるというジンクスがある。三度訪れて三度ともくっきり湖面を拝めた自分は、やはり結婚とは縁がない人間だった。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:26| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする