2018年02月06日

知床は記憶の果てに(11)

 ウトロに戻ると、港の方にのっぽビルが建っていた。知床ノーブルホテルである。チェックインするとき、受付にいた若い男女を見て、モンゴル人だと分かった。僕は本職が日本語教師だから、言葉の意味は分からなくても、音の響きから見当がついてしまうのだ。外国人が経営するホテルだとは聞いていたが。ふるさとのモンゴルに似た、北海道の自然に魅せられたのだろう。
 シンプルで無駄がない感じがしたが、簡素ながらも奇抜なデザインが施されている。白と青を基調とした現代アート風のデザインだ。まるで美術館にいるかのように感じた。とにかく新しく清潔な気がした。スタッフを見ると、モンゴル人以外にベトナム人も採用しているようだ。モンゴルの馬頭琴の音楽がかかっていて、レストランのテーブルには、岩塩で作られたロウソク立てが並んでいる。
 四階の部屋に入った。ちょうど日没の時間である。もし最終バスに乗れなかったら、オホーツク海の夕日を眺めることはできなかったろう。赤く大きく悲しげな光を放っている。この高さからだと、オロンコ岩の下を隠していた建物も目立たず、かつてのウトロの雰囲気を醸しだしている。
 海面近くに雲があるため、赤い太陽は雲の中に沈んでいく。知床でも夕陽が見られるのは、北西のウトロ側である。ゆっくりと日が落ち、夜が訪れると、ウトロの町も眠りについてしまう。午後十時過ぎでも深夜のように、人影も乏しく車も走行しない。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:49| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする