2018年01月24日

ディーパック・チョプラの『宇宙のパワーと自由にアクセスする方法』(2)

 若い頃、僕は浴槽の中で居眠りをして、幸福な感覚に満たされていた。宇宙の始まりから人類の歴史まで、自分は知っているような気がした。目が覚めた瞬間、死すべき運命を感じて慄然とした。ディーパック・チョプラの言葉を借りるなら、この時感じていたのは、生死を超えた純粋意識なのだろう。瞑想する際には、本当の自分は生死を超えた存在であると思えばいいのだと思った。
 ディーパック・チョプラによれば、意識には7つの階層があるという。@は深い眠り、Aは夢を見ているとき、Bは起きているとき。瞑想を通して純粋意識に触れるのが、C超越意識である。瞑想を続けることで、ひらめきを得たり、幸運に恵まれるなどの共時性が起こり、純粋意識が生死を超えることを悟るD宇宙意識に達する。さらに、Eの神性意識では、すべてのものに宇宙の生命を感じるようになり、最終的には、個人の自己が宇宙の精神と一つになるF「統一意識」に至る。
 純粋意識が生死を超えるとか、肉体と精神は分けられず、あらゆる存在に宇宙の生命が宿っているとか言うと、現代の日本人には神秘主義のように聞こえるかも知れないが、近代化される以前の日本人には知られていた思想である。生死を超えるのは「阿頼耶識」であるし、肉体と精神が分けられないのは「心身一如」である。宇宙のホログラフィックな構造を示唆するのが、『華厳経』の「一即多、多即一」であり、すべては大日如来の表れで、「一切衆生悉有仏性」「草木国土悉皆成仏」などいうのも、仏教が教えてきたことである。
 明治維新の動乱期に、薩長の新政府や平田派の国学者にそそのかされて、日本人は純粋意識「仏性」のシンボルである仏像の首をはねて火に投じ、寺院を次々に破壊していった。それによって、古代から培ってきた日本人の霊性は失われ、西洋の帝国主義に染まって、アジア人同士の殺し合いという地獄に、身を投じることになった。多くの日本人にとって、仏教の信仰は「葬式仏教」と言われるほど形骸化してしまったのである。
 インド生まれの哲人、ディーパック・チョプラの語る思想が、日本人にとって懐かしいのは、彼の語る言葉がヒンドゥー教や仏教など、古代インドが生み出した智慧に根ざしているからだろう。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:50| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする