2017年12月22日

ムーディ博士の『かいまみた死後の世界』

 原題はLife After Lifeだから、直訳すれば、「生の後の生」、意訳すれば「死後の生」ということになるか。心臓が停止したり、脳波が平坦になった状態でも、人間の意識は維持されるらしい。脳に血液が流れなくなっても、ただちに意識を喪失するのではなく。ただし、意識が肉体を抜け出す「体外離脱」の感覚をともないながら。いわゆる「臨死体験」というものは、死の苦しみを和らげるために、脳内麻薬が放出されるからだというのが、『脳死体験』という著書のある立花隆氏の見解であり、死後に魂が生き続けることに対しては否定的である。
 それに対して、「臨死体験」した多くの人から聞き取り調査をしたムーディー博士は、死後の生については積極的には肯定できないものの、「臨死体験」を瀕死の脳が生み出した幻覚だと決めつける態度を批判している。その理由として、「臨死体験」は現実感覚をともない、夢のような曖昧なものではないこと、「体外離脱」の間に体験したことが現実と呼応することなどを挙げている。「臨死体験」をして蘇生した者は、宗教的な人間になったり、超常的な能力を持つようになったりすることもある。
 また、「臨死体験」はキリスト教が説く死後の世界とは異なる。光の存在が現れて自身の生涯を回想させられるが、人間にとって最も大切なのは愛であることを諭される。悪事を働いた場合でも、光の存在が罰するのではなく、自分自身が罪の意識に苦しむだけだという。人間は果たすべき使命を持って生まれてきたので、「自殺」によって自らの命を絶った者は、死後に混乱し苦悩し続けるという。

参考文献
レイモンド・A・ムーディ・Jr.『かいまみた死後の世界』(中山善之訳 評論社)
レイモンド・A・ムーディ・Jr.『続 かいまみた死後の世界』(駒谷昭子訳 評論社)
立花隆『臨死体験』(文藝春秋)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 05:01| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする