2017年12月01日

ぼくがダライラマ?(31)

 ポタラ宮は白宮と紅宮から成っていた。ダライラマが政務を執るのは白宮で、東大殿は最も大きな広間だった。色とりどりの天蓋が下がり、護法尊のタンカに飾り立てられ、高坏(たかつき)には金銀が積まれていた。ぼくが腰掛けていたのは金箔の施した木彫りの椅子だった。その一段下には、シガツェから駆けつけて下さったパンチェンラマ五世、隣にはチベットを実質的に治める摂政サンゲ・ギャツォが腰掛けていた。
 ぼくは延々と続く儀式に、気が遠くなりかけていた。締め切られた室内は、バターの灯と香炉から出る白檀の香りで、息が詰まりそうだった。康熙帝の名代(みょうだい)が現れると、ぼくは摂政に促されて、パンチェンラマとともに下の席に下りた。名代からは金印と金冊が下賜(かし)された。チベットは清に朝貢していたのだ。しかも、ダライラマ五世の時代に、モンゴル王から全土を寄進されたので、清ばかりでなくモンゴルからの干渉も受けていた。
 再び上段の椅子に戻るとき、じっとこちらを目を細めて見ている男がいた。金糸で刺繍されたきらびやかな衣装を着ていたから、ただの貴族ではなさそうだった。
「あの方はココノール(青海湖)に本拠を置かれるホシュート部の王子です」
 摂政が振り向いて、小声で教えてくれた。ぼくは探るような男の目に、背筋を凍らせるものを感じた。まだ若さが残っているのに、執拗な目の鋭さには、生来の疑り深さがあった。これが後のラサン・ハンとの出会いだった。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:29| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする