2017年12月20日

サロマ湖は変われど(4)

 栄浦大橋を渡ると、ワッカ原生花園に到着した。ワッカとはアイヌ語で水を意味する。ネイチャーセンターに駐車したのだが、大学生の頃の記憶と一致しない。あの時は栄浦までバスで出たのだが、湖の東側からてくてく回っていった気がする。頭が整理されないまま、ネイチャーセンターで自転車を借りることにした。午後三時過ぎだった。五時半までに戻るように言われた。
 友人と走っていくと、後ろから馬車が走ってきた。のどかな感じがして、ハマナスの咲く草原としっくり合う。しばらく進むと、T字路に出た。どうやら馬車はここで引き返すらしい。左に曲がっていくことにした。
 オホーツク海もサロマ湖も見えない、砂洲の中央を走っているからだろう。空は快晴になっていた。海は青いが緑がかっている。かつての記憶と、目に映る光景が噛み合わない。あの日は海も冷たい緑色だったし、オホーツク海にたどり着いてから、ヒッチハイクしてしまったっけ。歩道をちょっと広くした道路を、軽トラックが通過していった。あんなのに乗せてもらったんだな。竜宮街道という名で思い出した。(つづく)

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2017年12月19日

ぼくがダライラマ?(33)

 手渡された灯を頭上に掲げた時、思わず「あっ」と息を呑んだ。天井の一部は吹き抜けになっており、底なしの闇が広がっていたからだ。満天の星が見えたわけではないが。摂政はこちらの思いを察してか、傍らに寄ってくると、自身でも穴を見上げながら言った。
「空間というものは、空いているからこそ役に立つのです」
「それは謎かけですか」
「ここにはダライラマ五世の霊塔が築かれることになっているのです」
「霊塔?」
「最上層には金泥(こんでい)をまとわれた五世の御遺骸が祀られます。その下にはお書きになった書物や、召し上がる穀物、薬用の植物などが収められます。チベット全土で掘り出される数年分の黄金が、霊塔を築くのに用いられるでしょう」
 ぼくは耳を疑った。仏教とは慈悲の教えで、布施は最高の功徳(くどく)と聞いていた。だからこそ、チベット人は命尽きたとき、魂の抜け出た肉体を鳥にほどこす善行をなすのだ。それなのに、ダライラマは遺骸で金像を作って、死後も崇拝の対象とするのか?
 それにしても、これだけの広さは必要ないのではないか。そう思いながら見回していると、摂政は意味ありげな笑みを浮かべて、こちらの問いを待っている様子だった。
「しかし、五世の霊塔を作るだけだったら……」
「ここには歴代のダライラマが葬られていくんですよ。あなた自身もね」
 それを耳にした途端、ぼくは生きながらにして、ポタラ宮に葬り去られる気がした。
「世界広しといえども、紅宮ほど華麗な霊廟はないでしょうね」
 バターの灯が空気の流れで揺らめいた。闇の中では摂政の体の輪郭が、ぼんやり浮かび上がって見える。低い声ばかりが淀みなく室内に響いていた。(つづく)

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posted by 高野敦志 at 12:18| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月18日

男はつらいよ 花も嵐も寅次郎(第30作)

 寅次郎は大分の湯平(ゆのひら)温泉で、母の遺骨を持った青年三郎と出会う。母が生前、この旅館で働いていたので、納骨前に連れてきたのだった。その話を聞いた寅次郎は感心し、母親の供養を旅館でやってやる。
 その旅館には二人組の女性客が泊まっていた。納骨後に車を運転していた三郎は、二人組と一緒だった寅次郎と再会を果たす。四人でサファリパークで遊んでいると、ヨハンシュトラウスの「春の声」が聞こえてくる。何だかどこかであった設定だと思ったら、第九作の『柴又慕情』で歌子たちが、寅次郎と交歓する場面でも、流れていた音楽だった。三郎は二人のうちの螢子が好きになり、別れ際に「付き合うてくれませんか」とプロポーズする。
 三郎と柴又に戻った寅次郎は、女性とうまく口がきけない三郎に恋愛指南をし、螢子との仲を取り持とうとする。動物園の飼育員をしている三郎は、デート中にチンパンジーの話しかできない朴訥な青年だった。恋愛指南を買って出る点では、『寅次郎頑張れ!』(第二十作)の良介の場合と同じである。最後は三郎と螢子は結ばれる。二人の相談に乗りながらも、螢子を可愛がっていた寅次郎は、「用なし」になったと旅に出ることになる。
 三郎を演じたのが、ジュリーと呼ばれた若き日の沢田研二。確かに色気のある二枚目で、今の女性に人気がある子供っぽい優男とは違う。僕が通っていた高校の教室には、「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」を歌っているポスターが貼られていた。レースのついた派手な衣装も、若者の心をとらえていた。
 螢子を演じたのは、沢田と結婚した田中裕子。この映画の撮影後、連続テレビ小説『おしん』に主役として抜擢され、お茶の間に広く愛されるようになった。若い頃はこんなかわいい顔していたんだなと懐かしく思った。

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