2017年11月26日

不条理劇と笑い

 不条理劇というジャンルをご存じだろうか。「不条理」という言葉を聞くと、カミュの『異邦人』を思い出すが、人生に意味を見いだせない絶望的な状況を、サルトルやカミュが第二次大戦中に演劇化した。1950年代になると、イヨネスコの劇のように、言語が伝達不可能なまでに破壊されたり、ベケットの劇のように登場人物の行為の無意味さが前面に出される。これは「反演劇(アンチ・テアトル)」と呼ばれ、「不条理」に対する絶望が根底にある一方で、滑稽な笑劇の性格を帯びるようになった。
 別役実氏の不条理劇は、イヨネスコやベケットの世界に通底するもので、日常世界が理解不能な状況にゆがんでいくさまを演劇化している。そこには理解不能なものに対する恐れと、「笑うしかない」ような極限状態がある。

 別役氏には不条理劇を書くための創作入門『別役実のコント教室』という著書がある。その中で別役氏は、笑いを以下のようにまとめている。
 @言葉遊び。これは駄じゃれなどで、大きな笑いの中にまぶして使う。井上ひさしのコントにもよく用いられる。
 A即物的笑い。これは舞台上ですてんと転んだり、相手をぶったりなど。ドツキ漫才にも見られる。
 B形象、キャラクターによる笑い。変人とか得体の知れない人間が出てきて笑わせるもので、志村けんの「変なおじさん」など。演技者個人の才能によるところが多い。
C関係の笑い
ケーキだと思っていたのが爆弾だった場合の笑い。作家は「関係の笑い」をどうつくるかで苦労する。
D不条理の笑い
 これは、わっと笑えるような笑いではない。別役氏は次のような例を出している。
 例1 老人A「山田が死んだよ」老人B「まさか。死んだのは山田じゃないかい」老人A「いや山田だよ」老人B「そうか、おれはまた山田かと思った」
 これは当人らは必死に話しているのに、会話が噛み合わない例だが、次に示すのは「笑うに笑えない」類いの例である。
 例2 街角で男の人がナイフで胸を刺されて倒れている。通行人「痛いかい?」負傷者「痛いよ。笑うと余計痛い」

 別役氏の分類について、ここで私見を述べることにする。笑いを引き起こす原因を、言語面から分析できるものは@言葉遊びとC関係の笑い、D不条理の笑いである。@言葉遊びは同音異義語を用いたトリックなどであり、C関係の笑いは、意外なもの同士の組み合わせに基づく笑いである。台詞自体にはおかしみがなくても、設定された状況とその台詞がそぐわないため、笑いが引き起こされる。D不条理の笑いは、コミュニケーションの不成立や、その状況にはふさわしくない発言をして、タブーを侵犯する笑いである。「不条理」という語が持つ「道理に合わないばかばかしさ」が前者を、「絶望的な状況」をブラックユーモアで笑わすのが後者である。
 言語による笑いと無関係なのが、A即物的な笑いと、B形象、キャラクターによる笑いである。前者は下卑た笑いであり、人間の優越感や攻撃本能を充足させる。後者は芸人の個性や能力に依存したもので、他の人物が同じ発言をしても、観客の笑いを得ることは難しい。

参考文献 別役実『別役実のコント教室』(明治書院)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:55| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする