2017年11月21日

ぼくがダライラマ?(29)

「まあ、私を恨みたいと思うなら、恨まれるがよろしいでしょう。しかし、私はダライラマ5世、ロサン・ギャツォのご遺言に従ったまでなのです。ポタラ宮の完成を見るまでは、自分の死は秘しておくようにという御遺言に。本来なら、生後ほどない時期に、ラサにお迎えいたすべきでした。しかし、チベットを清やモンゴルの脅威から守り、5世のご威光の元で国作りを押し進め、6世である猊下をお迎えに上がるには、十数年の歳月が必要だったのです」
 ぼくは言い返す気力を失った。人間は死んでしまえば、すべての記憶は失われてしまう。前世がダライラマだったか、一介の牧人だったかは関係ない。このままダライラマ6世に仕立て上げられたとしても、今のぼくがぼくであることには変わりがないわけだから。
 口をつぐんだままでいるのを見て、摂政はまんまと説き伏せられたと思い込んだらしい。急に機嫌が良くなった。侍従を呼び出すと、バター茶を持ってこさせた。摂政に勧められるまま口にすると、まろやかな喉ごしの液が、傷ついた胃の腑を癒していった。
 摂政は椅子に腰掛けると、口もとは穏やかなまま、目を細めながら父親のように威圧する調子で続けた。
「猊下は学ばねばならぬことが山とあるのです。十一月には康熙帝の名代やモンゴル族の王子方が列席されて、正式に法王として即位する儀式が営まれます。こちらの申し上げた通りに動いて下されば、万事はつつがなく執り行われることでしょう」(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:04| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする