2017年11月01日

ジェームス・ニュートンの《エコー・キャニオン》

 月夜に顔を隠して尺八を吹く。時代劇ではよくお目にかかる虚無僧が、明治維新を境に消えてしまった。日本の文化財の3分の2を破壊したと言われる廃仏毀釈で、神仏混淆の修験道とともに、虚無僧が属した普化宗も、明治政府によって禁止されてしまったからである。
 普化宗というのは禅宗の一派で、虚無僧は尺八を吹くことで悟りの境地を求めたという。仏教と音楽の関係を考えると、天台宗や真言宗の声明や、チベット仏教の音楽がまず思い浮かぶが、これらは儀式の際に演奏されるもので、あらかじめ定められた形式がある。
 虚無僧の吹く尺八は、パターンはあるにしても即興演奏であり、尺八の音の中に魂の真実を求めた。その点で己を灯明として修行に励め、という釈迦の原点に立つ禅の精神に則っていた。普化宗が禁止されて、虚無僧は消えてしまった。虚無僧には武士しかなれなかったし、浪人などアウトローがなることが多かったから、文明開化を押し進める明治政府には、いかがわしいものに見えたのだろう。
 前置きが長くなったが、虚無僧の吹く尺八の響きを、フルートで再現しようとチャレンジしたアルバムがある。もちろん、尺八とフルートは音色が異なるが、音の一つ一つに魂の探究が感じられる点で、虚無僧の吹く尺八に通底するものがある。独奏で背後に聞こえるのは虫の音だけだという点でも。
 ジェームス・ニュートン James Newtonの《エコー・キャニオン》Echo Canyonは、1984年、アメリカのニューメキシコ州で録音された。満月に近い夜に渓谷に響き渡るフルートは、虚無僧の求めた境地を、アメリカの大地でフルートによって表現した点で、前衛的な新しさの中に懐かしさを感じさせる。
 僕の言っていることが、全くの見当違いでないことは、曲名を見ても分かるはずだ。「エコー・キャニオン」「ノクターン」などに混じって、「伊勢」「鎌倉」といった曲が収録されている。最後の「ファイアー・ブレス」は「火の呼吸」という意味だが、フルートで尺八という楽器特有の音色と演奏法を、見事なまでに再現している。


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 04:17| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする