2017年11月24日

宮本研編『ドラマの書き方』(1)

 宮本研編の『ドラマの書き方』という本を読み終えた。以下に記すのはその読書メモの類である。同書の中でまず主張されているのは、小説と同様に台本を書く場合も、型にはまった作品にならぬように心しなければならないという点である。
 多くの作家や脚本家の文章の中で、「ミュージカルス」という安部公房の文章が、とりわけ僕の記憶に残った。「現実に対する主体の優位を確保」するには「遊びの精神」が必要なのに、それが軽んじられている日本では、作品が「現実に対する主体の敗北と劣勢を感傷的にムード化したメロドラマ」に流れがちだというのである。
 創作という行為自体が、「現実に対する主体の優位」だとする点は、今まで余りにもないがしろにされてきたことではないか。それは明治期の素朴な写実主義の影響から、多くの人が抜けきれていないことと関連があると思う。そうした立場からすると、江戸時代の歌舞伎などは、荒唐無稽な内容ばかりが目立つ、非文学的なジャンルと見られかねない。(つづく)

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2017年11月22日

パナソニックのイヤフォンHDE3M

 iAudioGateでジャズを聴いていて、iOSの性能が十分に活かされていると感じた。曲を忠実に再現することで、音の透明さが引き立っている。ソニーの2万円のヘッドフォンをつないで聴いていた。ただ、これじゃ屋外には出にくいし、ヘッドフォンを長時間つけていると鬱陶しい。
 そこで、新しいイヤフォンを買うことにした。ジャズ向けだというので、ソニーの3千円台のイヤフォンで聴いてみた。確かにきれいな音を出している。ほどほどに迫力も出ているし。パナソニックのコーナーにも、ジャズやクラシック向けのイヤフォンがあった。HDE3Mという商品で、税込みだと九千円を超える。ちょっと高すぎる気もしたが。「バランスに優れた奥行きのある解像感」と銘打っている。聴いてみて驚いた。臨場感が素晴らしい。楽器の音そのものが味わえる。その場の空気も伝わってくる。ワンランク上を行く音だった。
 音がきれいに聞こえるだけでは、本当に心を動かすことはできない。サックスの息づかい、弦の震え、鍵盤の響きから、演奏者の心が伝わってくると、僕は胸が一杯になる。魂が共感していた。それは楽器の背後に、演奏する人間の魂があるからだ。

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2017年11月21日

ぼくがダライラマ?(29)

「まあ、私を恨みたいと思うなら、恨まれるがよろしいでしょう。しかし、私はダライラマ5世、ロサン・ギャツォのご遺言に従ったまでなのです。ポタラ宮の完成を見るまでは、自分の死は秘しておくようにという御遺言に。本来なら、生後ほどない時期に、ラサにお迎えいたすべきでした。しかし、チベットを清やモンゴルの脅威から守り、5世のご威光の元で国作りを押し進め、6世である猊下をお迎えに上がるには、十数年の歳月が必要だったのです」
 ぼくは言い返す気力を失った。人間は死んでしまえば、すべての記憶は失われてしまう。前世がダライラマだったか、一介の牧人だったかは関係ない。このままダライラマ6世に仕立て上げられたとしても、今のぼくがぼくであることには変わりがないわけだから。
 口をつぐんだままでいるのを見て、摂政はまんまと説き伏せられたと思い込んだらしい。急に機嫌が良くなった。侍従を呼び出すと、バター茶を持ってこさせた。摂政に勧められるまま口にすると、まろやかな喉ごしの液が、傷ついた胃の腑を癒していった。
 摂政は椅子に腰掛けると、口もとは穏やかなまま、目を細めながら父親のように威圧する調子で続けた。
「猊下は学ばねばならぬことが山とあるのです。十一月には康熙帝の名代やモンゴル族の王子方が列席されて、正式に法王として即位する儀式が営まれます。こちらの申し上げた通りに動いて下されば、万事はつつがなく執り行われることでしょう」(つづく)

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