2017年10月25日

ぼくがダライラマ?(24)

         四

 清の年号で康煕三十七(一六九七)年夏だった。ぼくはラサのネチュン僧院に到着した。すぐ裏手まで岩山の迫る本堂は、煉瓦色の壁にさまざまな文様の描かれたタンカ(仏画)が下げられ、本尊から中庭まで朱の絨毯が延びていた。ぼくが前に進むと、左右に控えていた坊さんが、一斉に大太鼓や鉦を打ち鳴らし、ホルンの大音声が山々にこだました。
 ふと裏山に目が行ったとき、へばりついていた紅い衣が動き、見る間に本堂の屋根ほどもある極彩色の大曼荼羅が、くるくると岩肌に広げられていった。あれは猊下の長生を祈るために捧げられた、阿弥陀如来のタンカなのですよという声が聞こえた。
 阿弥陀如来と言えば、ナンカルツェで出家した際に、戒律を授けてくださったパンチェンラマは、阿弥陀の化身と言われていたっけ。幽閉されていた僧院を出てから、ぼくのことを親身にいたわってくださったのは、あのお方をおいてなかった気がする。すでに、シガツェのタシルンポ寺に戻られた頃だろうが。
 本堂の中に進んでいった。馬頭明王は女神と交合し、こちらをかっと睨みつけている。脇に控える護法尊は、髑髏飾りの冠をいただき、胸元には予言のための鏡を下げ、見開いた目とむき出した歯で、鬼神を威嚇していた。仏前にはツァンパや砂糖菓子、木の実が山と積まれ、薄暗い堂内はバターの灯からの匂いと、香炉から漂う白檀の薫りが入り交じって、めまいをもよおすほどだった。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:33| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする