2017年10月11日

ぼくがダライラマ?(21)

 儀式はすべて終わった。僧侶の姿になったぼくを見て、お母さんはひざまずいて合掌した。目には涙を浮かべている。湿っぽい気分になりそうなので、ぼくはあえて明るく振る舞うことにした。
「坊主にしてはいい男だと思ってるんでしょ?」
 お母さんは涙をぬぐうと、向かい合った椅子に腰掛け、とがめるようににらみつけた。
「もう立派なお坊さまなのだから、私を心配させるようなことは言ってはいけません」
「そうですね。これからは毎日会うことができませんから、ダライラマになったふりをするように努めます」
 ぼくが部屋を出て行こうとすると、お母さんが呼び止めた。振り返ってみると、顔から厳しさは消えたが、思い詰めたような目をしている。
「私の役目は今日で終わったのだと思いました。私はラサには行きません。お父さんが元気なうちに、村に戻してくれるように話はつけておきましたから」
「なぜその話を今日までして下さらなかったのですか」
 ぼくはすっかり気が動転してしまい、身に着けた袈裟を脱ぎ捨てて、すぐにでも一緒に故郷に戻りたくなった。お母さんは笑みを浮かべて、余裕を取り戻した様子で答えた。
「あなたが取り乱すと思ってね。でも、どこから見てもお坊さま、もう牧人に戻ることはできません。残りの人生は、お父さんと気ままに過ごさせておくれ」
 そこまで言うと、お母さんは揺るぎのないまなざしで、ぼくの方を見上げるのだった。ぼくは自身のことしか考えていなかった自分を恥じた。
「いつ戻られるんですか」
「明日の朝にでも。気持ちに迷いが生じるといけませんから」
「では、一緒に過ごせるのは、今夜が最後ということになりますか」
 ぼくは皺の寄った手の甲を握りしめ、この次はいつ会えるかと問うた。お母さんは微笑み、村に戻ってお父さんと相談する。会いたいと思ったときは、いつでも語りかけさえすれば、相手のことが感じられることぐらい、おまえだったら分かるはずだと言った。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!



  
posted by 高野敦志 at 01:24| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする