2017年10月02日

筒井康隆の『創作の極意と掟』(3)

「人物」に関しては、登場人物の数が多いほど、作品に深みが出てくるというのは、大長編に限った場合である。ちょっとした描写で人物を書き分けられるのが、プロの技術なのだろう。それは「会話」で人物を描き分ける技術にも共通する。一般に、小説で登場人物の数をむやみに増やすことは、読者に負担をかけるので避けるべきだとされている。
 なぜ筒井氏がそうした主張をしたかと言えば、それが長編小説を書く場合の「極意」だからである。初心者で長編に挑戦するのは、天才でない限り無謀である。そうした点でも、この本の「極意」は、ある程度作品を書いてきた人間に対するアドバイスなのである。
「反復」は演劇や、映画でよく用いられる手法だが、小説ではまれである。詩ではよく用いられるが、これは詩の音楽性によるものだと思われる。小説でも回想などでは、かつての場面が「反復」されることはある。ただし、一字一句「コピー&ペースト」したらどうなるか。編集者に原稿料泥棒と思われるか、読者に手抜きと思われるか。
 たとえ、場面を「反復」するにせよ、小説では微妙に変化をつけて「反復」させることが多い。「反復」することへの拒絶感が強いのは、小説が典型的な言語芸術であり、「反復」するよりも、変奏曲のように、繰り返しながらも変化をつけていくことに美を見出すジャンルだからではないか。
 ここまで、筒井氏の文章を読みながら、僕が触発されて感じたことを書いてきた。僕自身が知っていたことは、重要な章でも触れなかったし、筆者の主張をそのまま紹介するのは避けた。筒井氏の説く「極意」を知りたければ、自分自身で一読された方がいい。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:19| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする