2017年10月01日

筒井康隆の『創作の極意と掟』(2)

 その中で、面白かったテーマについて、僕自身が感じたことを述べてみよう。「凄味」のある文章は、どうしたら書けるのだろうか。文学作品を読んでいるだけでは、そうしたものは書けない。人生の修羅場でなくても、背筋がぞくっとする光景はあるもので、多くの人が見過ごしてしまうことをとらえて文章化するのも、その人の能力なのだと思う。
「異化」というものは、創作にとって重要な要素である。日常の我々の見方を突き崩し、新しい視点でとらえ直した世界を、読み手に提供するからである。見慣れたものを、外国人や宇宙人、動物の目からとらえ直すのも「異化」の一つだが、それがすでに知られていることだと、「異化」の効果は薄れてしまう。
「品格」といっても、現代では流行らないようだが、相撲の力士や政治家でなくても、文士と言われたかつての文学者には、自分の信念や流儀は決して曲げない「品格」があった。治安維持法で逮捕されて、政治的に転向しても、文士としての信念や流儀を守っていれば、「品格」は保たれる。檀一雄がパリで放浪している間、長女の檀ふみは極貧状態で鶏の餌を食べていたという。周囲から批判されて、不本意ながら帰国したら、それは「品格」を損ねたことになる。文士の家族にとっては、大いに迷惑なことであっても。
「蘊蓄」というのは、「知識」をため込んだものと同義ではない。もちろん、情報量がなければ「蘊蓄」を身に着けたことにならないが、それだけでは不十分である。人生の中で、自分自身で感じ、考えながら養ってきた知識であるから、それをどう扱ったらいいかもわきまえている。ただ本をたくさん読んだら得られるというものでもない。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:47| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする