2017年10月21日

早春の野辺山駅周辺(5)

 野辺山天文台のある施設は、標高1300メートルの高原にあるので、日射しは暖かくても空気が冷たい。下水の水も半ば凍ったままで、北海道のように冬のただ中なのである。飯盛山にいく時間はないし、雪もまだ残っているので、獅子岩まで行ってみることにした。
 坂道を上っていくと、道の路肩には雪が残っており、風も出てきたので、コートの襟足がひんやりした。風邪を引きそうなので、手でこすって暖めた。急坂が延々と続いている。獅子岩に到着したようだ。道路側から見上げると、確かにライオンの横顔に見える。
 上は駐車場になっていた。右には雪をいただいた八ヶ岳、左側はなだらかな高原となっている。平沢峠に立ったナウマン博士は、異質な地形が組み合わされた光景から、日本列島誕生の謎を解くヒントを得た。ここはフォッサ=マグナと呼ばれ、西日本と東日本の断層がぶつかり合う境界であることを発見したのである。
 平沢峠の駐車場には、八ヶ岳連峰のそれぞれの山名を記した看板が立っていた。登山家らしい男性が、女性にそれぞれの山について説明している。小海線の列車の時間があるので、ゆっくりはしていられなかった。右側の崖上を進んでいくと、足元はごつごつした岩とぬかるみで、足をすくわれてしまいそうになる。だが、ここからではどれが獅子岩なのかはっきりしない。やはり、道路から見上げなければ、ライオンの横顔は確かめられなかった。

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2017年10月20日

Deepak ChopraのChakra Harmonization

 Deepak Chopra's Chakra Meditationが面白かったので、同氏のチャクラ開発CDを買ってみた。まず、トラック4のsoundsを聞いて、各チャクラの真言を覚える。チャクラにどの音を当てるかは、流派によって異なる。ディーパック・チョプラの場合は、ヒンドゥー教のヨーガの真言を用いている。
 各チャクラの真言を覚えたら、次にトラック5のDemonstrationsを聞く。付属のパンフレットを見ながら、活性化のためのトレーニングで、どの順序でチャクラの真言を唱えるか確認するのである。同時に、各チャクラの色もイメージできるようにする。
 CDには活性化以外にバランス、現実化(具現化)のトレーニングが収録されており、各チャクラに対応する楽器の音を聞きながら、各チャクラの真言を唱えることが求められる。それとともに、各チャクラの色もイメージしなければならず、数秒ごとに次のチャクラの音に移っていくので、慣れるのには時間がかかる。この速さで延々と20分続けるのはしんどい。そのかわり、チャクラにプラーナ(気)は確実に集まってくる。
 流派による真言の違いよりも重要なのが、音の高さである。楽器の音を聞くことで、各チャクラを振動させる音の高さで真言を唱えることが重要なのである。また、チャクラの色も流派によって若干異なるが、普段から瞑想に使っている色を用いた方がいい。チャクラの色がどうかよりも、視覚化のために神経を集中することで、プラーナ(気)が集まってくるからである。
 各チャクラの真言を唱える順序によって得られる効用は異なると、ディーパック・チョプラは主張しているが、それについてはよく分からない。チャクラに対応する音を聞くことは、確かに有効なわけだが、さらに効力があるのは、自分自身でチャクラの真言を唱えることである。発声すると声帯が震える。それは背骨を伝って、チャクラのある位置に伝わる。ほとんど声を出さずに唱える場合でも、振動は伝わっていく。
 なお、ヨーガの真言は母音のほかに子音も含んでいる。無声で口を動かしているだけでも、プラーナは集まってくる。乗り物の中で手持ち無沙汰の場合など、短い時間でエネルギーが充填できる。

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2017年10月18日

ぼくがダライラマ?(23)

 パンチェンラマの呼ぶ声がした。ぼくは眠っていたのだろうか。薄い雲が広がって、少しひんやりしてきた。切り立った崖の上に、巡礼が石を積んで作った塚があり、経文を記したタルチョ(祈祷旗)が、そよ風に揺られていた。ぼくが傍らに立つと、パンチェンラマは読経を始めた。ぼくも手を合わせると、見よう見まねで祈りを捧げた。
 突然、強い風が吹き上がって、塚の前に捧げられた紙の護符が、大量につむじを描いて上空に舞い、風に乗せられて湖水の方へ、ひらひらと落ちていくのが見えた。
「おお」
 パンチェンラマは声を上げて、驚嘆しているぼくの方を見た。ぼくはてんでばらばらに飛んでいくさまに、解き放たれたような自由を感じたが。これは何か未来を暗示しているのかもしれない。
 ぼくはあの護符のように、湖水の上を飛んでみたいと思った。湖面に漂う霧に向かって、昇るようにして落ちていく気がして、よろけて身を投げ出しそうになった。腕を支えてくれたのは、パンチェンラマだった。
「大丈夫か!」
 無言でうなずいたものの、先にパンチェンラマが声を出したことが気にかかった。自分ではどうすることもできない力に、とらえられているのを感じた。お母さんの顔が頭に浮かんだ。こちらを気遣っているような表情。日焼けして白髪も出てきていた。かわいそうなお母さん、と口に出そうになってこらえた。今頃はお父さんと再会していることだろう。

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