2017年10月28日

小海線と松原湖(2)

 野辺山周辺は見てしまったので、小海線に乗って松原湖へ行ってみることにした。甲斐大泉駅から、小諸方面行きのディーゼルカーに乗った。小海線は千曲川に沿って谷沿いを進んでいく。うねるように坂を下り、川幅が狭くなるところではトンネルをくぐる。道路は崖上を走っているから、ちょうど天塩川沿いを走る宗谷本線のようだった。
 松原湖駅は川底に近い谷間にあった。そこから車道まで延々と急坂の歩道を上っていく。町営バスに乗れば、松原湖までは十分なのだが、あいにく日曜日だったので、十二時半頃のバスはなかった。やむなく、カーブが続く急坂の車道を徒歩で上るしかなかった。
 小山を登りきったところで、狭い道を下っていくと、松原湖の湖面に出た。驚いた。半ば湖面が凍結して、溶けたわずかの湖面を鴨が泳いでいる。友人が若かった頃、仲間と来た際には、完全に湖面が凍結していて、氷上からワカサギ釣りをしたそうだ。全員入漁料を払った。フライにしようと鍋まで持って行ったのに、一匹しか釣れず、散々だったとのこと。(つづく)

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2017年10月27日

ぼくがダライラマ?(25)

 手前に立っている僧形の男は、こちらに向かって合掌したが、鋭い目つきで心を探るように、ぼくの全身を眺め渡した。剃り上げた頭はてらてらとし、太い眉と手入れされた口ひげには、すでに白い物が混じっていた。ぼくは瞬間に、この男がチベットの政治を動かしているのだと分かった。摂政のサンゲ・ギャツォだった。
 摂政は長々とした演説を始めた。先のダライラマ五世は、十五年前にお隠れになっていたが、ポタラ宮の竣工までは秘すようにと遺言されたということ、清の康熙帝やモンゴル王のラサン・ハンが、ダライラマの空位を知れば、必ずやチベットに攻め入ったであろうということが述べられた
 話を聞きながら、ぼくはようやく、自分がどうして幼い頃に故郷の村から連れ出され、長年にわたって僧院に幽閉されていたかを知った。ダライラマ五世の遺言だったいうが、神下ろしか何かでぼくを六世に選び、国の都合でお母さんとぼくを、お父さんから引き離して、あんな山奥の僧院に閉じ込めていたのだ。ぼくは怒りを押さえようとして、自分が青ざめていくのを感じた。(つづく)

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2017年10月25日

ぼくがダライラマ?(24)

         四

 清の年号で康煕三十七(一六九七)年夏だった。ぼくはラサのネチュン僧院に到着した。すぐ裏手まで岩山の迫る本堂は、煉瓦色の壁にさまざまな文様の描かれたタンカ(仏画)が下げられ、本尊から中庭まで朱の絨毯が延びていた。ぼくが前に進むと、左右に控えていた坊さんが、一斉に大太鼓や鉦を打ち鳴らし、ホルンの大音声が山々にこだました。
 ふと裏山に目が行ったとき、へばりついていた紅い衣が動き、見る間に本堂の屋根ほどもある極彩色の大曼荼羅が、くるくると岩肌に広げられていった。あれは猊下の長生を祈るために捧げられた、阿弥陀如来のタンカなのですよという声が聞こえた。
 阿弥陀如来と言えば、ナンカルツェで出家した際に、戒律を授けてくださったパンチェンラマは、阿弥陀の化身と言われていたっけ。幽閉されていた僧院を出てから、ぼくのことを親身にいたわってくださったのは、あのお方をおいてなかった気がする。すでに、シガツェのタシルンポ寺に戻られた頃だろうが。
 本堂の中に進んでいった。馬頭明王は女神と交合し、こちらをかっと睨みつけている。脇に控える護法尊は、髑髏飾りの冠をいただき、胸元には予言のための鏡を下げ、見開いた目とむき出した歯で、鬼神を威嚇していた。仏前にはツァンパや砂糖菓子、木の実が山と積まれ、薄暗い堂内はバターの灯からの匂いと、香炉から漂う白檀の薫りが入り交じって、めまいをもよおすほどだった。(つづく)

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