2017年09月23日

ぼくがダライラマ?(19)

 こちらを見つめるもう一つの目、それは師となったお方のまなざしだった。チベットという国は、二人の偉大なラマ、ダライラマとパンチェンラマに統治されている。ダライラマは都であるラサに君臨し、パンチェンラマは、ラサの西方にある第二の都シガツェに君臨している。ダライラマが観音菩薩の化身なら、パンチェンラマは阿弥陀如来の化身だとされる。
 在俗の行者の家に生まれたぼくは、菩薩と如来とではどちらが上かぐらいは知っている。この国では菩薩の方が如来よりも貴ばれているのだ。庶民に人気があるのは、悪人を懲らしめたり、御利益を下さる忿怒尊の方だし、仏の教えを下さる師のラマは、菩薩や如来よりも先に、帰依しなければならないということも。
 パンチェンラマ五世は、ぼくより二十歳年上で、お父さんと同じぐらいの年なのだが、坊主頭に大きな丸い顔、少し太って動きの遅い体は、老人に近いものを感じさせた。屈折した相手を哀れむような目をしている。生き別れたお父さんの方は、ぼくの記憶の中では、ヒゲの生えた猛禽のような目をした勇者のままなのだが。ぼくに戒律を授けるとき、そのお方は、内心をうかがうまなざしで見た。これで師弟の関係が結ばれたらしい。
 長い儀式が終わって一対一になると、パンチェンラマは口を開いた。
「どうして自分がここにいるのかと思っているんだね」
「ダライラマ五世は、まだポタラ宮にご健在のはずですね。だったら、ぼくは人違いですよ」(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 12:06| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする