2017年09月09日

チベット入国者の先駆け

 チベットに最初に入国したのは、黄檗宗の僧侶だった河口慧海である。漢訳の経典と異なり、チベット語訳は梵語を直訳した場合が多い。また日本に渡来していない経典もあるのを知って、単独でインドから密入国した。清国の僧に化けてラサ入りした河口は、セラ寺に滞在するが、日本人であることがばれそうになり、危機一髪のところでかろうじて出国をする。その冒険物語が『チベット旅行記』である。この種の書物の中では、第一級の資料的価値があり、読み物としても最も面白い。河口は名医扱いされて、ダライラマ十三世にも拝謁したというが、その真偽のほどは定かではない。多分に脚色されている部分もありそうだ。この書物の魅力の一つは、河口その人自身である。明治期の日本人の精神力は、かくまでも強靱であったかと思われるほど、河口は不屈の魂を持った禅僧だった。
 日本のチベット研究に大きく寄与したもう一人は、浄土真宗の本願寺から派遣された多田等観である。チベットに十年間滞在し、膨大な文献を日本に招来した。その割には一般向けの書物は少なく、『チベット滞在記』にしても、口述筆記されたものが捨て置かれ、死後に出版されたに過ぎない。そのためか記憶に残ったことを、思いつくままに記した印象がある。
 同じく本願寺から派遣された者に青木文教がいる。学会でなかなか認められなかった点では多田と共通しているが、『秘密国チベット』は「入蔵記」「チベット事情」「出蔵記」の三部に分かれ、そのうちの「チベット事情」では、その国情を貴重な写真とともに、体系的に記している点に注目すべきである。
 最後に挙げるのは、第二次大戦中に密偵として内蒙古から青海省、チベット入りをした西川一三である。蒙古のラマ僧に扮装した西川は、大東亜共栄圏という国策に基づいて、中国における少数民族と結んで、漢民族を包囲することを考えていたようだ。戦中の大陸の雰囲気がうかがえるとともに、ともに旅をした蒙古人への友情あふれる思いが、詩的で感性豊かな言葉で綴られている。『秘境西域八年の潜行』は、河口の『チベット旅行記』とともに、面白さではチベットを描いた作品として双璧をなすと思われる。

参考文献

河口慧海『チベット旅行記』(講談社)
多田等観『チベット滞在記』(白水社)
青木文教『秘密国チベット』(芙蓉書房出版)
西川一三『秘境西域八年の潜行』(中央公論新社)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:44| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする