2017年08月27日

ぼくがダライラマ?(16)

 ぼくの心の中で何かが吹っ切れた気がした。もう遠慮することはないんだと。それからは堂々と寺の門から外に出ていった。天気のいい日には、知り合った牧人の少年と野山を走り回り、ふるさとに似た草原に寝転がって、放牧された羊の群れを眺めるようになった。弓矢で鳥を射たり、小川で泳ぐ魚を捕らえては、たき火で焼いて食べたりした。
 その様子を遠巻きにして、村人たちが何か話していた。小さな動物を殺して食べるなんてと、白い目で見ているらしかった。少年の一人がおずおずと耳打ちしたので、ぼくは言い返してやった。
「ヤクや羊は平気でつぶして食ってるくせに、何信心ぶったこと言ってるんだ。来世が怖いんだって? それならぼくがお祈りしてやるよ。肉を布施した善行で、畜生道から救って浄土に送ってやるから」
 耳にたこができるほど聞かされた陀羅尼を唱えると、ぐったりした鳥の毛をむしって、串に刺すと火にかけた。すぐに肉汁が出てきて、香ばしい匂いが漂ってきた。大きな動物の肉を一部食べるより、生き物の全体を食べる方が、よっぽど精がつくことに気づいていた。
 それならいっそ、寺を出奔してしまえばと言われそうだが、目に見えない壁があって、その外に出ることがないように、僧院長がまじないをかけていたのか。下女のように働かされてる母さんを置き去りにして、勝手気ままに生きるなんてできないだろう?

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:36| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする