2017年08月22日

「んみゃーち」の宮古島(5)

 伊良部島と下地島の間は、川ほどの幅の海峡しかなく、ほとんど地続きといってもいい。小さな橋を自転車で渡って、下地島に入ってきた。海岸線を進んでいくと、異様な数の大岩が転がっている。これは一七七一年の明和の大津波が運んできたものらしい。死者一万二千人を出した津波は、八重山地震が引き起こしたものである。日本の元号では明和八年であるが、当時の琉球では清の元号が使われていたから、乾隆三十六年の出来事と言った方がいい。
 これを見ていて、龍安寺の石庭を思い浮かべてしまった。海中より現れ出たのは、精神という海から生まれた意識なのではないか。一人の人間の中には、何とさまざまな相容れない思いが共存していることだろう。それよりも不思議なのは、一人の人間は一つ一つの思いしか知らないのに、精神は岩の一つ一つを出現させた海そのものであるということだ。
 現実の話に戻そう。津波石が打ち寄せられたことで、島民は魚垣(ながき)という漁を編み出した。これは海から磯の方向へ、放射状に石を積んだもので、魚の逃げ口は一箇所しかない。潮が満ちたときに入り込んだ魚は、潮が引くと取り残されてしまう。島民は手づかみで魚が捕らえられるのである。現に魚垣の内側では、逃げ場を失った魚が、ぴちぴち跳ねる音がするが、それを捕らえる者の姿はない。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:19| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする