2017年08月16日

豊見城の海軍司令部壕(2)

 司令部壕は迷路のように、廊下が巡らされている。薄暗い地下の通路は、空気が淀んでいて圧迫感がある。下士官の兵員室には、漆喰が塗られていない。ここに出入りしていた軍曹らは、横になることもままならず、立ったまま仮眠を取っていたという。負傷兵が多数収容されていた医療室も、土壁があらわになったまま。軍隊は厳然たる身分制度の社会であることが、改めて感じられた。突撃を命じる司令官と、前線で指揮を執る下士官、そして突撃していった歩兵。
 司令官室に入った。かまぼこ形の天井と壁は漆喰が塗られ、上官が執務をするにふさわしい威厳を感じさせた。壁には「醜米覆滅」と書かれている。コンクリートが剥き出しになった箇所は、太田實海軍少将ら六名の幹部が、沖縄県民の献身をたたえる電報を打った後、拳銃で自決した際の銃弾の痕である。
 司令官が自決したということは、下士官や兵士は突撃して果て、負傷して収容されていた者も、命を絶たれたということなのだろう。つるはしや鍬で掘ったままの刃の跡が、赤土が剥き出しになった壁に残っており、無名の兵士の汗と涙を感じさせる。
 沖縄戦による死者は二十万人。そのうち、日本側は十八万八千人に及ぶ。司令官らには死の直前に精神の自由だけは残されていただろうが、出撃を命じられた兵士には、すでに武器らしい武器は残っておらず、無防備なまま敵の銃弾に撃たれていったのだろう。「生きて虜囚の辱めを受けず」という「軍人勅諭」を叩き込まれていたから、降伏して捕虜になるという選択肢は許されなかった。
 沖縄県民はアメリカ軍との地上戦に巻き込まれ、四人に一人が命を奪われた。その中には集団自決を強いられたり、日本軍に殺された者も含まれる。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 02:29| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする