2017年08月08日

男はつらいよ 寅次郎夢枕(第10作)

 改心した寅次郎に、見合い相手を探すことになったが、フーテンの寅だと聞けば、ふざけんじゃないと、先方が怒り出すのが落ち。みんなに馬鹿にされたとむくれた寅次郎は、とらやの人たちと大げんかして飛び出す。
 やがて、とらやの二階に、御前様の甥で東大助教授の岡倉が引っ越してきた。二階でワーグナーを聴いたり、勉強の邪魔になるから静かにしてくれと言うインテリは、とらやのようなにぎやかな家には、最もふさわしくないタイプである。下宿する習慣がなくなった現在では、こうした設定でドラマは組めなくなったが。
 そこに寅次郎の幼友達、千代が姿を現す。離婚して息子とも会えない千代を、寅次郎は慰めたいと思う。その千代に岡倉が一目惚れする。二人の仲を取り持ちたいと奔走する寅次郎だが、千代が好きなのは寅次郎の方だった。
 寅次郎の方でも満更ではなかったようだが、岡倉との仲を取り持とうとした立場から、千代の思いを受け容れることはできなかった。こうして寅次郎は、自ら結婚の機会を逃すのだった。
 この作品で気になったのは、助教授の岡倉の描写である。大学の教師と言えば、小難しいことばかり考えていて、世間知らずの変人で、何かあれば狂人と紙一重の状態になるというステレオタイプの描き方である。まあ、東京大学の先生は知らないが、現実の大学教師はこんなもんじゃない。男女の道に疎いというのも嘘である。もっと人間くさくて、どろどろした物を持っている。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 00:13| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

逆接の表現(pdf)

 外国人が日本語を学習するとき、戸惑うことの一つは類似した表現である。英語圏の学生が和英辞典を引いて、英語で違いを理解しようとしても限界がある。やはり、典型的な例文を覚え、違いがどこにあるのか教師に質問するしかない。
 以前、「は」と「が」の違いについて、「と」「ば」「たら」「なら」の区別について書いた。今回は逆接の表現を取り上げることにする。日本人のように完璧に違いを使いこなすのは難しいので、理解できる用法は最大限に増やして、学習者自身が日本語で表現する場合は、誤用が避けられるように、使い道の広い用法を覚えるようにすればいい。効率的に学習することが早道なのである。また、古めかしい表現は普通の外国人には不要である。
 以下のリンクから、pdfファイルをダウンロードしていただくとして、簡単な説明を付け加えていくことにする。
gyakusetsu.pdf

T 接続詞と接続助詞

「しかし」と「ただし」の違いについて、某日中辞典を見たら、同一の説明をしていて、これでは中国人の学生が理解できないだろうと思った。「ただし」は条件や例外を加える場合に用いるのであって、「もっとも」にも同様の用法がある。
 逆接の表現を含む内容を、「が」や「けれども」を接続助詞として用いて表す場合には1文、接続詞として用いて表す場合には2文となる。接続助詞「のに」と、接続詞「なのに」のように、語形が若干変わるものがあるのに注意する。
「ところが」は予想外な展開に対する驚きを示す。「にもかかわらず」も似ているが、不条理な状況に対する批判のニュアンスを含むので、自分自身について言及するときには用いにくい。相手への批判に侮蔑のニュアンスが加わる場合には「くせに」が用いられる。
「ながら(も)」と「と言いながら」は類似しているが、後者は発言の矛盾を指摘する場合に用いられる。「ものの」はそれ以上、事態か進展しない場合に用いられる。「といっても」は前件から予想される事態に対し、後件の程度が低い場合に用いられる。「ものを」は相手への不満や残念な気持ちを、含意として表す言いさしの表現である。


U 仮定条件と確定条件

「のに」と「ても」の違いも混同されやすいが、「のに」には「確定条件」の表現しかないのに、「ても」には「確定条件」のほかに「仮定条件」の表現がある。
 また、「のに」にタ形が上接して、いわゆる「反実仮想」、現実に反する状況を想定する表現もある。


V 階層性

 南不二男は従属節の独立度を、階層的に分類している。独立度が低い順にA類、B類、C類と分類している。逆接の表現に限って言えば、「ながら」がA類、「のに」「ても」はB類で、「けれど」「が」がC類となる。例文で示した「のに」「ても」の方が、「けれど」「が」より独立度が低い。したがって、独立度が低い「のに」「ても」は、独立度が高い「けれど」「が」の節の中に、入れ子状に組み込まれるのである。


W 「なくて」「ないで」「ず(に)」

 ここでは併せて、「なくて」「ないで」「ず(に)」の違いについても、触れておくことにする。これらは用法から、「なくて」と、「ないで」「ず(に)」に二分される。
 まず、活用を確認しておくと、形容詞系では前項がイ形容詞でもナ形容詞でも、「なくて」の形を取る。一方、動詞では「なくて」「ないで」「ず(に)」のいずれの形も可能だが、用法によって使われるものが異なってくる。
「なくて」は原因や並列の表現にもっぱら使われるが、「ないで」には幅広い用法があり、大抵は「ないで」を使えば間に合ってしまう。「ず(に)」は「ないで」の用法と重なるが、書き言葉で用いられる。
「ないで」が多用される表現としては、「付帯状況」がある。「否定の許可」「否定の依頼」「禁止」「二重否定」などでも、「ないで」が用いられる。


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