2017年08月06日

御嶽は神々を祀る杜(4)

 これと異なるのがユタである。こちらは民間のシャーマンで、死者の霊を呼び出す口寄せを行う。恐山のイタコのような存在だが、男性がなる場合もあった。琉球王国が滅亡した後も、ユタの口寄せはよく行われている。島の女たちは働き者だが、夫が泡盛飲んで三線(さんしん)弾くばかりで、ろくに働かなければ、心の救いを求めてユタの口寄せに夢中になる。
 祝女による祭祀は、琉球王国の滅亡に伴い廃れていったのだが、第二次大戦後しばらく保たれていたのが、ここ久高島である。かつては琉球国王と聞得大君が、島に渡って礼拝していたが、後に斎場御嶽から久高島を遥拝する形に簡略化された。
 なぜそれほど久高島が重視されたか。それは琉球神話では、開闢神のあまみきょが久高島に降りてきて国作りを始めたとされるからである。本土の記紀で説かれる伊弉冉尊(いざなみのみこと)や淡路島のことを頭に入れておけば、イメージがつかみやすいのではないか。
 三十歳を越えた既婚女性は、祝女になるのがしきたりだった。十二年に一回午年の旧暦十一月に、イザイホーと呼ばれる大祭が行われていた。祭りは四日間にわたって催され、神の降臨と新しい祝女の承認、神をお見送りをしたところで、人々が一斉に踊り出すカチャシーで締めくくられた。ただし、過疎化と高齢化で、イザイホーは一九七八年を最後に行われておらず、記録の中でしか見ることができない。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 11:57| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする