2017年08月03日

ぼくがダライラマ?(14)

          三

 十年ほどの月日が流れた。その間のぼくは、幽閉されていたようなものだった。一日はただ円環の中で繰り返されて、その中に意味を見いだすことはできなかった。はっきり言って、時間を持て余していたのだ。坊主になったわけでもないのに、経文を唱えたり、足を組んで瞑想するのは真っ平だった。ただ、チベット語の読み書きは自ずと身に着いたから、習字の時間、他の坊さんが写経しているそばで、恋愛詩を書いたりしていた。
 僧院長がそれをとがめたので、ぼくは言い返してやった。チベットの仏はみんな、女神と愛し合ってるじゃないですか。ぼくは皆さんが瞑想していることを、言葉で表してるだけですよって。
 ぼくが「猊下」と小坊主たちに呼ばれていることに、気づいていないはずはなかったが、僧院長の方でも、それに触れることを避けているようだった。ダライラマの生まれ変わりであると、小坊主たちの前で言い放ったことに、ぼくは触れられたくなかったのだ。もしそれが本当だとしたら、山奥の寺に閉じ込められている理由が分からない。たとえ何らかの誤りで、ふるさとから引き離されたのだとしても、むしろそれを喜んだことだろう。大人になる前から、人生を選ぶ権利を奪われるよりましだから。
 ただ、生意気に口答えしたぼくに、僧院長が声を荒げることはなかった。それは仏に仕える者の寛容さから来ているのではないことに、うすうす感じ始めていた。出家したわけでもないのに、居候のようなわがままを許してくれたのも、ぼくに対する遠慮があった気がしてならない。本物の猊下、ダライラマ五世がご健在でいらっしゃるなら、ぼくの気のせいということになるだろうが。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 02:21| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『バベルの図書館』をめぐって(pdf)

 アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスが選んだ世界文学全集『バベルの図書館』について、自由な形で書いたエッセイを一冊にまとめました。今回パソコンですぐに開けるpdf形式でアップロードします。元の作品を読んでいなければ分からないというわけでもないので、気軽に読み流していただければと思います。
 以下のリンクからダウンロードし、保存してからお読み下さい。
Babel.pdf

 iTunesからダウンロードする場合は、マイミュージック→iTunes→iTunes Music→podcasts→当該のフォルダの下に、ファイルが入ります。大部分のパソコンにインストールされているAdobe Readerで読むことができます。

 なお、パソコンのiTunesで「購読」したり、iOSのアプリpodcast(https://itunes.apple.com/jp/app/podcast/id525463029?mt=8)でマイpodcastに登録すれば、確実に新しいエピソードが入手できます。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 00:13| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする