2017年08月28日

SonyのDSC-WX500を買った

 20年以上使っていた一眼レフが壊れた。プロのカメラマンが使うような機能がついていて、思いのままに撮影できるのに興奮したものだが。『立山黒部アルペンルートの旅』で撮影した写真も、その一眼レフによるものだった。ただ、大きな望遠レンズが荷物となった。撮影の対象によってレンズを交換していたので、友人と旅行しているときなど、足手まといになってしまった。
 友人が使っているデジタルカメラが高性能なので、自分もSonyの機種を選ぶことにした。購入したのはDSC-WX500である。普通のデジタルカメラと同じようにコンパクトで、小さなサックに入れてズボンにつり下げられる。光学30倍ズームだから、一眼レフの望遠レンズを持ち運んだ頃とは隔世の思いがした。
 しかも、かなりの設定は自動で行ってくれる。夕方や夜間の撮影でも、鮮明に写してくれるから、フラッシュは余り必要ではない。撮影された映像はハイビジョンで、パソコンで見てもいいが、ハイビジョンのテレビで見ると、細部まで再現されていて感動する。
 細部までの再現で感動するのは、宮崎駿のアニメや小説の細密描写だけではないと思った。普段の自分が見落としていたものに、気づかせてくれるからである。
 ビデオの場合はテレビ番組を見ているようで、臨場感には目を見張るものがある。ただ、弱点としては録音機能が貧弱で、特に風が吹いていると、ほとんど雑音ばかりになってしまう。
 もう一点、屋外で撮影するときは、画面が鏡のようになって、自分の顔ばかりが写ってしまう。反射防止のシールを貼らないと、撮影したい対象の構図がままならない。シールにはお金を惜しまない方がいい。

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2017年08月27日

ぼくがダライラマ?(16)

 ぼくの心の中で何かが吹っ切れた気がした。もう遠慮することはないんだと。それからは堂々と寺の門から外に出ていった。天気のいい日には、知り合った牧人の少年と野山を走り回り、ふるさとに似た草原に寝転がって、放牧された羊の群れを眺めるようになった。弓矢で鳥を射たり、小川で泳ぐ魚を捕らえては、たき火で焼いて食べたりした。
 その様子を遠巻きにして、村人たちが何か話していた。小さな動物を殺して食べるなんてと、白い目で見ているらしかった。少年の一人がおずおずと耳打ちしたので、ぼくは言い返してやった。
「ヤクや羊は平気でつぶして食ってるくせに、何信心ぶったこと言ってるんだ。来世が怖いんだって? それならぼくがお祈りしてやるよ。肉を布施した善行で、畜生道から救って浄土に送ってやるから」
 耳にたこができるほど聞かされた陀羅尼を唱えると、ぐったりした鳥の毛をむしって、串に刺すと火にかけた。すぐに肉汁が出てきて、香ばしい匂いが漂ってきた。大きな動物の肉を一部食べるより、生き物の全体を食べる方が、よっぽど精がつくことに気づいていた。
 それならいっそ、寺を出奔してしまえばと言われそうだが、目に見えない壁があって、その外に出ることがないように、僧院長がまじないをかけていたのか。下女のように働かされてる母さんを置き去りにして、勝手気ままに生きるなんてできないだろう?

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2017年08月26日

ぼくはネコなのだ(54)

 騒ぎを聞きつけて、おじさんが二階から駆け下りてきた。大学の授業は午後からで、その日は寝坊していたのだった。もし、寝坊せずに出勤していたら、おばあさんもおばさんもいないうちの中で、ぼくは縛り首の刑に処せられていたかもしれない。それも自分自身のせいで。
 おじさんは血相を変えて、-ぼくのことを追いかけてきた。こんなこわい顔してるのは見たことがない。気がつかないうちに、ぼくはおじさんの気に障ることをしでかしたのか。ぼくはあちこちぶつかりながら逃げ回った。頭から何度も火花が出た。袋が目にかぶさってきて、ついに身動きできなくなり、赤い袋に手をかけられてしまった……
 どんなお仕置きが待っているのかと思ったが、おじさんはいつもの笑顔に戻っていた。赤いビニール袋を外すと、おびえているぼくを抱きしめてくれた。
「おまえ、何か後ろめたいことがあるんじゃないか」
 さすが、大学とかいう学校の先生ともなると、ネコの気持ちまで分かるらしい。寝ぼすけとばかり思っていたが、少し尊敬したくなった。授業時間が少なくて、ネコ助けもできるなんて、大学って学校は、案外社会の役に立ってるのかもしれない。
 昨日兄貴を袋だたきにしたから、きっとバチが当たったんだと思った。騒ぎを聞きつけて、兄貴も寄ってきたので、「ごめんな」と謝ったら、「何のことだい?」っていう返事。とぼけてるというより、単に忘れてしまったのかな?(つづく)

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