2017年07月27日

首里城の幻影(4)

 その後、北殿を見てから漏刻門、瑞泉門、九慶門を抜けて、円鑑池の前に出た。水面の中ほどに天女橋がかかり、その先に弁財天堂がある。朝鮮国王から琉球国王に贈られた方等経(大乗仏典)が収められていた。その向かい側には、かつては円覚寺があった。鎌倉にある同名の寺院を模して作られたものだったが、沖縄戦で壊滅した。弁財天堂も再建されたものである。ここの風景は五年前と変わっていない。
 次いで琉球国王の陵墓へ向かった。尚巴志によって統一された琉球王国はいったん滅ぼされ、尚円によって引き継がれる。最初の王朝を第一尚氏、尚円以降を第二尚氏という。第二尚氏の尚寧以降は島津氏への隷属を強いられた。石造りの巨大な陵墓は、第二尚氏の王族を埋葬したもので、玉陵(たまうどぅん)と呼ばれている。
 ここも沖縄戦では被害を受け、三年がかりで修復された。遺体はいったん中央の石室に納められ、洗骨後に国王や王妃の骨は東の石室に、他の王族の骨は、西の石室に納められた。高さは十メートル以上、全長は数十メートルに及ぶ。首里城を模した王陵であるが、国王を神と崇める風習は、琉球処分以降は途絶えた。
 最後の王尚泰は、東京に連行された後、一時帰郷を果たしたほかは、東京の屋敷で余生を過ごした。遺言により、遺体は沖縄に運ばれて、国王として玉陵に葬られた。
 とにかく、ここは石の照り返しがひどく、石門の内側には樹木が一本もない。すでに遺跡と化しているわけだが、巨大な王陵は沖縄が、かつては独立国であったことを物語っている。外界とは異なる聖なる場所であり、白い光に満ちあふれて、長く留まることを拒んでいるのが印象的だった。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 02:16| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする