2017年07月20日

ぼくがダライラマ?(13)

 それからというもの、ぼくは以前の陽気さを失っていった。同じ年頃の小坊主たちが、チベット文字の書き方や、経文の唱え方を習ってる間、ぼんやり天井を見つめながら、怖い顔した忿怒尊が、悪い奴らをこらしめるさまを思い描いたり、ふるさとの草原に魂だけは戻って、走り回っているのを空想したりした。
 小坊主たちの真似事をやってるうちは良かったが、どれだけ怠けていても、ぼくだけはしかられないことが分かると、小坊主たちの目つきが変わっていった。勤行の時間が終わったある朝、部屋の隅に腰を下ろしていたぼくは、きびしい目が向けられているのを知った。中で一番背が高い少年が、威圧するようにぼくの方を見下ろしていた。
「おまえは一体、何者なの。寺に修行に来たんじゃないの? 頭も剃らないし、お勤めにも加わらない。何か言ったらどうだ」
 ぼくは我慢できなくなって、立ち上がって行こうとした。すると、そいつがぼくの着物の裾をつかんで言った。
「修行に来たんじゃないなら、お母ちゃんのオッパイから離れられないんだろ。みんな言ってるぜ、メンパ族の女から生まれた子の父親は、破戒坊主だって。坊主のくせに妻帯してたから、食えなくなって、女房を下女として奉公させてるんだって」
 血の気が引いていくのを感じた。もし自分が同じ背丈だったら、殴り倒してやるところだった。ぼくは背の高い少年の、胸のあたりに突っ込んでいったが、はじき飛ばされて地べたに転がり落ちた。
「ぼ、ぼくが誰だと思ってるんだ。ぼ、ぼくはダライラマ五世の生まれ変わりだぞ」
 口にした瞬間、言ってはならないことを口にしたと感じた。自分でも信じていないのに、そんな言葉でしか、小坊主たちをやり込めることができない気がしたのだ。しかし、それは間違っていた。
「おまえ、バカじゃないのか。猊下はポタラ宮でご健在だぞ。そんなことも知らずに、戯言言ってるおまえは、やっぱりおつむが足りないんだ」
 その日から、小坊主たちはぼくのことを、猊下と呼ぶようになった。しかし、それはぼくをからかいバカにして、憐れみの対象とするためだった。おかげでぼくは、好きなだけツァンパを食べ、バター茶を飲んで遊んでいても、目の敵にする人間はいなくなった。

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
http://itunes.apple.com/jp/podcast/qing-kong-wen-ku-no-zuo-jia/id504177440?l=en

Twitter
https://twitter.com/lebleudeciel38

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ





ランキングはこちらをクリック!

posted by 高野敦志 at 01:25| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする