2017年07月12日

ぼくはネコなのだ(48)

 長い冬が終わった。ずっとうちにこもってばかりいたから、久し振りに外の空気が吸いたくなった。隣のうちの桜が咲いたというので、庭でお花見をすることになった。椅子を出しておばあさんを座らせると、髪の短いおじさんはあぐらをかいて、酒とかいう水を飲んでいた。
 兄貴はゴザの端で丸くなって、うつらうつらしている。寝てばかりいるから、ネコなんて名前で呼ばれるんだ。ぼくはおばさんが持ってきたおつまみを、さっきからずっとねらっていた。それは乾いた肉の塊に、何やら刺激のある粉を混ぜた物だった。
「見事な桜ね。若い頃は春が来るのが好きだったのに、この年になると何だかつらくなるの……」
「お母さん、今日はまともみたいね」と、おばさんは不思議そうな顔して言っている。そのとき、脇の道をおめかしした女と男の子が手をつなぎ、小学校の方から帰ってきた。母親は着物姿で、息子は小さなスーツに黒いランドセルを背負っている。
「入学式か……」
 おじさんがつぶやいた。おれにもあんな子供がいたら、と思ったかどうか知らない。その言葉を聞いた途端、おばあさんは立ち上がると、何か思い出したようにそわそわしている。
「今日は入学式なの。大学に行かなくちゃ。○○田大学に」
「何言ってんだよ。それはおれの大学だよ」とおじさんは言い返したのだが、おばあさんは、おまえなんか大学に行ってない。私は大学で一番だったんだからと言い張って譲らない。しまいには「○○田、○○田」と校歌まで歌い出した。
 すると、おじさんの方も負けてはいない。お母さんが行ったのはネコダ大学だろと言い返し、「ネコダ、ネコダ、ネコダ、ネコダ、ネコダ、ネコダ、ネコダ」と節をつけて歌う始末。
「お兄ちゃん、恥ずかしいからやめてよ!」
 おじさん、酔ってるなとぼくは思った。そっと忍び寄ると、おつまみの肉をかっさらって、ビニールの包みを噛み破った。
「何だ、こりゃ」と吐き出したところ、首根っこをつかまれて抱えられてしまった。おまえはこれでも食ってろと言われて、口の中に入れられたのは、ネコ用のお菓子で、何ともいい匂いがする。どうやら、これがマタタビというものらしい。こっちまでへべれけになってしまった。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:32| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする