2017年07月01日

ひめゆりの塔と沖縄戦(4)

「本土の人は沖縄の人の心が分からない」と言われる。それは沖縄が国体護持のために捨て石にされたという思いがあるからだ。極限状態に置かれた日本兵は、沖縄県民から食料を奪い、抵抗する場合は射殺したという。ウチナーグチ(琉球方言)を使った場合は、スパイ扱いされた。洞窟に隠れていて赤ん坊が泣き出した場合、米軍に見つかるのを恐れて、兵士が絞殺したという。日本兵に殺された沖縄県民は、百名以上いたとされる。
 琉球処分で日本に併合されてから、沖縄戦まで六十年も経っておらず、言葉も文化も異なることから、数々の差別も受けていた。求人の張り紙に「朝鮮人、琉球人お断り」と書かれた写真が残っている。物を頭に載せて歩く風習を見ても、本土の人間は対等な相手とは見ていなかったようだ。
 最も印象に残った写真は、焦土にさらされたままの老婆の遺体。恐らく、琉球処分前後に生まれ、強制的に日本人にされたのだろう。琉球国王尚泰は東京に連行され、自分たちは日本語の学習を強制された。首里の王宮も寺院も破壊され、故郷が焼き尽くされていくのを見ながら、命を奪われたのだろう。
 僕は陰鬱な気分になった。正直な気持ちを言えば、ここには来たくなかった。石垣島や西表島での思い出が、悲惨な歴史を目の当たりにして、吹き飛んでしまった気がしたからだ。だが、本土の人間としては、沖縄に来たからには、歴史から目を背けることは許されない。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 03:11| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする