2017年07月25日

首里城の幻影(3)

 一八七一年(明治四)の廃藩置県は、本土では大きな抵抗もなく行われた。大名は参勤交代で、一年おきに江戸で生活していたから、東京住まいになることへの拒絶反応も少なかったのだろう。
 その年、琉球王国は琉球藩に、琉球国王は琉球藩王に格下げされたが、琉球王府はこれまでの慣例は維持されるものと考えていた。これは日本への併合を進める上での、過渡的な措置だったのだが。
 一九七九(明治十二)の琉球処分をもって、琉球王国はついに滅亡した。首里城の明け渡しを強要され、東京に連行された国王尚泰の無念は、察するに余りあるものである。琉球王国再興のために、清に支援を求める士族の運動が起こり、日本と清の国境問題へと発展した。一時は琉球王国を二分して、先島を清に割譲する案が日本側から出されたほどだった。(つづく)

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2017年07月24日

ぼくはネコなのだ(50)

 こんな大きな建物の中に入るのは初めてだった。天井の明かりがついていないから、一列に続く廊下は昼でも薄暗い。兄貴は長い階段を上っていく。後を追って上ると、廊下に沿って同じような部屋がいくつも並んでいた。女の人の声が聞こえてくる。窓は開いているのだが、下からでは中は見えない。
 ところが、一つの教室の後ろの戸が、少しだけ開いていた。止めようとしたんだけど、兄貴は部屋に入ってしまった。ぼくはこわくて、入口から恐る恐る中をのぞいた。子供たちがネコ、ネコとしゃべる声がした。兄貴は机の間をぬって進んでいく。ずっと授業をしていた女の先生が、大きな声で怒り出した。それに対して、子供たちはどっと笑い出した。
「キーン・コーン・カーン・コーン・キーン・コーン・カーン・コーン……」
 けたたましい鐘があたりに鳴り響いた。この世の終わりを告げる時が来たのかと思った。
 そのとき、後ろから誰かがぼくの背中をつかんだ。太った男の子だった。爪を立てて暴れたら、今度はしっぽをつかまれた。図体が大きなくせに、思いやりというものがない。学校では一体何を教えているんだ。しっぽでぼくを引き回すものだから、目が回って吐き気がした。
 兄貴を助けるどころではなかった。しっぽが引きちぎられそうになった。階段の手前で投げ出されたので、一目散で階段を駆け下りた。後ろからは、虫のように子供たちがわき出してきた。
「あっ、あそこにもネコがいるぞ!」
 ぼくは兄貴のことは見捨てて、建物の外に出ると、そのまま草むらに向かって駆けていった。(つづく)


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2017年07月23日

首里城の幻影(2)

 御庭から広場に通じる奉神門をくぐった。琉球王国の時代の朱塗りの正殿が、目の前に姿を現した。いかにも威厳を感じさせる姿は、かつてここが一つの国であったことを物語っている。一地方を支配する領主の城は、幕府への遠慮もあって外見は簡素なものだが、首里城は国王の居城であるから、権力をはばかることなく誇示している。
 琉球士族の着物をまとった係員のほかは、御庭にはほとんど人影がない。南殿は展示室になっている。中国風の傘や山水画、螺鈿などの宝物が陳列されていたが、何と言っても見ものは正殿である。一階は役人が国王にお目見えする御差床(うさすか)。畳の上に腰を下ろして、正殿前に並んだ臣下に命令を発せられたのだろう。
 二階はかつて国王以外は、男子禁制であった。朱色を基調に金色に装飾された椅子の上には、「中山世土」という額が掲げられている。中国の皇帝から「琉球国中山王」として封じられた証である。琉球の島々は中山王の封土であるという宣言である。様式はほとんど中国式で、臣下への号令も中国語で行われた。使われていたのも中国の元号である。(つづく)

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