2017年06月21日

ぼくがダライラマ?(8)

 そのとき、家の戸を激しくたたく音がした。こんなに早く! お母さんは急いでぼくに上着を着せた。別れの言葉をかわす時間もない。外には初老の役人と、貧相な顔をした牛飼い、それにヤク二頭が立っていた。
 お父さんはバター茶を飲みかけたまま、お母さんとぼくの荷物を持って出てきた。荷物を牛飼いに渡すと、お父さんはお母さんの手を握った。ぼくは不思議でならなかった。これはおめでたい門出であるはずなのに、どうしてお母さんは泣いているんだろう。また、晴れがましく迎えられるはずなのに、どうして奉公に出るみたいに、こっそり薄暗いうちに出なければならないんだろう。
 西の空を見ると、三日月がまだ沈んでいなかった。うっすらと靄がかかって、吐く息も白く濁っている。役人がヤクに乗ると、二頭目のヤクにお母さんとぼくが乗った。お父さんの顔を見ると、くやしそうに唇の端を噛んでいる。お父さんもこんなはずじゃなかったと、思ってるに違いない。華やかに飾られた輿に乗って、お母さんとぼくの出立を見送るものと思っていたんだろう。 
「すぐに帰ってくるからね」
 ぼくは励ますつもりで言ったが、簡単にはもう戻れないということを、子供ながらも感じていた。牛飼いに引かれて、ヤクが歩き始めた。山道をゆっくり下っていき、いつも羊たちが放牧されてる草地の横を過ぎていく。繰り返してることであっても、いつかは終わることがあるのを知った。(つづく)


「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 00:08| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする