羊の肉が食べられるのは、お祭りや特別の日だけだった。たとえば、お父さんがお母さんとけんかして、仲直りしたいと思った日とか。ぼくが骨付きの羊の肉にかぶりつくと、食べっぷりが豪胆だといってほめられたっけ。口の周りにツァンパ(麦こがし)をつけていると、見かねたお母さんが口をふこうとしたら、「甘やかすんじゃない」とお父さんが怒った。それなのに、ぼくの方を向くと、笑顔を隠せないんだから。
「おまえ、大きくなったら何になりたい」
「ぼくは大きくなったらお坊さんになりたい」
お父さんは機嫌がいいのに、お母さんはもう不安そうな顔をしている。ツァンパをバター茶でこねる手が止まっている。
「だって、この国でいちばん偉いのはお坊さんでしょ。きれいな着物を着て、おいしい物たくさん食べて、汗水流さずに居眠りしていられるんだから」
「この子は恐ろしいことを言うね」
おびえたようなお母さんの顔に、お父さんの表情もくもった。お父さんのような在家の行者と、出家したお坊さんとでは、役人の扱いがまったく異なっていたからだった。子どもながらも気まずい思いをしたことを覚えている。(つづく)
「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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