2017年05月31日

ぼくがダライラマ?(2)

 まだ言葉をしゃべり始めたばかりなのに、ぼくは何でもよく覚えていた。お父さんが解体した羊の肉を持ってくると、お母さんは顔を輝かせてお湯を沸かす。その間、お母さんはヤクのミルクを木の筒に入れて、棒を出したり入れたりしている。お茶に入れるバターを作っているのだった。
 羊の肉が食べられるのは、お祭りや特別の日だけだった。たとえば、お父さんがお母さんとけんかして、仲直りしたいと思った日とか。ぼくが骨付きの羊の肉にかぶりつくと、食べっぷりが豪胆だといってほめられたっけ。口の周りにツァンパ(麦こがし)をつけていると、見かねたお母さんが口をふこうとしたら、「甘やかすんじゃない」とお父さんが怒った。それなのに、ぼくの方を向くと、笑顔を隠せないんだから。
「おまえ、大きくなったら何になりたい」
「ぼくは大きくなったらお坊さんになりたい」
 お父さんは機嫌がいいのに、お母さんはもう不安そうな顔をしている。ツァンパをバター茶でこねる手が止まっている。
「だって、この国でいちばん偉いのはお坊さんでしょ。きれいな着物を着て、おいしい物たくさん食べて、汗水流さずに居眠りしていられるんだから」
「この子は恐ろしいことを言うね」
 おびえたようなお母さんの顔に、お父さんの表情もくもった。お父さんのような在家の行者と、出家したお坊さんとでは、役人の扱いがまったく異なっていたからだった。子どもながらも気まずい思いをしたことを覚えている。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 01:36| Comment(0) | 連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

「連載」コーナー開設

 若い頃に文学賞をもらったことがあるが、その後はうまくいっていない。そこで、iTunes Storeに電子書籍をアップロードすることにした。そのためには、podcastと連携したブログを開設しなければならなかった。
 2012年からブログを始めて、もう5年以上経った。幸い、ブログを定期的に見てくださる方も増え、iTunes Storeの「文学」コーナーでも「人気作品」として取り上げられている。自分自身の文章を世間に発表する場を得たのだ。
 ただ、本職の仕事以外に、ブログの更新を毎日していくのは、それなりに労力がいるものだ。夜中に書いていて、睡眠時間が三時間を切ってしまうこともある。
 それ以上に悩んでいるのは、小説を書く時間がないということである。ブログはエッセイや紀行が主流となり、小説そのものを書く余力がない。今でも小説を書いていきたいという思いがあり、文学雑誌に投稿することも考えたが、このままでは書けないままになってしまう。
 そこで、生きているうちに書きたい小説は、ブログに「連載」していくことにした。いったん書き上げたところで推敲を施し、電子書籍の形でiTunes Storeにアップロードしていけたらと考えている。
 なお、「小説」以外の連載は、従来のコーナーに載せていく。現在連載中の「ぼくはネコなのだ」は、このまま「文学」コーナーに掲載していく予定だ。

 第一回は「ぼくがダライラマ?」
http://takanoatsushi.seesaa.net/article/450347421.html

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posted by 高野敦志 at 01:05| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぼくがダライラマ?(1)

          一

 ぼくが生まれたのは、今から三百年以上も昔、清王朝の頃のチベット南部、ムン地方だった。お父さんは在家の行者で、お母さんはメンパ族の出身だった。お父さんの仕事は雹で裸麦がやられないように、お祈りで鬼神を退治することだった。それは命がけの仕事で、鬼神に殴り殺されなくても、お祈りの効果がないというだけで、お父さんが責任をとらされるからだった。役人に鞭でたたかれ、血がにじんでいる背中を、お母さんがふいている姿を、生まれて間もない頃に見たことがある。
 普段はお祈りの仕事がないので、毛の長い牛ヤクや羊を育てていた。幼いぼくをヤクの背中に乗せて、お父さんは家の前に広がる草原に出かけていった。
「チベットは地上でいちばん、須弥山に近い国なんだよ。仏さまが住んでおられるから、たとえどんなに貧しくても、来世は極楽にいけるんだよ」
 遠くに見える雪山は、そんな絵空事みたいな言葉を笑うように、朝日を浴びてほほえんでいた。(つづく)

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