2017年04月16日

ゲリー・ボーネルの『超入門 アカシックレコード』(2)

 この本を読んでもっとも印象的だったのは、個人が「肉体」と「魂」、「身体感覚意識」の三つの要素で構成されているという点である。精神と肉体という二元論に慣れた現代人には、ちょっと理解しにくいだろう。仏教の場合も、この二元論の枠組みにはまっているように思われる。
 一方、古代の中国人や日本人は、魂魄というものを想定していた。魂魄を和英辞典で見ると、soulと訳されている。これでは魂魄が理解できない。「陽」の働きをもつ「魂」と、肉体的生命を司る活力である「魄」。人間が死ぬと肉体は破壊されるが、「魂」は天上に昇り、「魄」は地上に残る。ゲリー・ボーネル氏の言う「身体感覚意識」というのは、どうやら「魄」を指すようである。
 ゲリー・ボーネル氏によれば、転生する「魂」は異なる「身体感覚意識」と結びつく。母胎にまず入り込むのか「身体感覚意識」で、胎児が成長してから入るのが「魂」だという。転生した自分が性格や性別が異なるのは、結びつく「身体感覚意識」が異なるからである。ということは、死後に「魂」が存続するとしても、生きていたときに結びついていた「身体感覚意識」も遊離するので、肉体を持たない「魂」は、純粋な精神として存在すると言うのだろう。
 また、「魂」には直線的な時間ではなく、複数の自分が異なる時代で生きているという。一方、「身体感覚意識」の方は直線的な時間に従っている。日本人の先祖崇拝も、どうやら「身体感覚意識」である「魄」に対するものらしい。「魂」の方は成仏するか、別の肉体に転生してしまっても、生前に結合していた「魄」の部分は、生前の特徴を残して地上に留まるようだ。それが「お盆」の期間に、自宅に戻ってくると信じられてきたのではないか。(つづく)

「青空文庫」の作家、高野敦志の世界
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posted by 高野敦志 at 10:39| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする