2017年04月21日

ぼくはネコなのだ(26)

 日が暮れた頃、裏口のドアが開いた。出てきた兄貴は眠そうな顔をしている。口に鼻を近づけたら、何やら肉のにおいもする。
「中はすごいぞ。オレらのオンボロ小屋とは大違いさ。夜になったのに、昼間みたいに明るいし。暖かい風が出てくる箱まであるんだ。おやつもらって、箱の前に座っていたら、気持ちよくなって寝てしまったよ」
 ぼくはうらやましかったが、裏口がまた開く気配はない。しかたなく、プラスチックのネコ小屋に入ろうとしたとき、玄関が開いておばさんがえさを出してきた。容器の中に口を突っ込んだ。でも、兄貴の口のにおいとは違う。おなかが減ってるから食べはじめたけど、兄貴はいつもと違うようだ。
「オレ、おやつ食べ過ぎたみたいだ。こんな乾いたえさなんかより、ジューシーな肉のほうがうまいぞ」
 その話聞いたら、ぼくは我慢ができなくなった。柿の木の上に上ると、台所の屋根の上に飛び下りて、わざとジャンプしたり、地団駄を踏んだりした。
「開けろ、開けろ、ドア開けろ。おいしい物を食べさせろ!」(つづく)

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2017年04月20日

『男はつらいよ フーテンの寅』第3作

 極道の寅次郎は、散々周りをひっかき回す。自分は幸せになれないけれども、人間にとって何が大切かは分かっていて、困っている男女がいると、仲を取り持つ役を買って出る。いわゆるトリックスターという存在で、沈滞した世間を混乱させることで、本来あるべき姿を思い出させてくれるのである。
 今回、寅次郎に見合いの話が出る。ところが、相手の駒子という女は古くからの知り合いで、浮気した男への腹癒せのために、お見合いを申し出ただけだった。寅次郎は駒子と相手の男の仲を取り持つまではよかったが、仕出し弁当に酒、芸者にハイヤーまで呼んで祝宴を開く。費用はすべて「とらや」持ちと言い出して、おじさん夫婦と大げんかして飛び出す。柴又を飛び出さないと、寅次郎の物語は進展しない。
 湯の山温泉の古い旅館で、番頭として寅次郎は働くようになる。女将がきれいな未亡人お志津だったからである。寅次郎はお志津に一目惚れするが、どうなるかは毎度の定番である。今回新鮮だった手法としては、失恋した寅次郎が、初詣の中継に登場して、とらやの人たちをびっくりさせるという設定である。そこでも、寅次郎はお志津の名前を口にしていた。懲りない男である。
 時に昭和四十四年。貧しい父を助けるために、娘が妾奉公に出る話が出てくる。確かにまだ日本は貧しかった。バスが大人三十円、子供十五円の時代。三十円のコーヒー牛乳がごちそうで、いつも母にねだっていたものである。

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2017年04月19日

石垣島のイトマンジー(5)

 足にフィン、人工のひれをつけると、一気に泳ぎが楽になる。足を数回動かすだけで、滑るように進めるのだから。人間が魚になるには不可欠の物だ。また、ゴムで足を保護するという意味もある。
 足の届かぬ深みに進んでいく。水中メガネに映ったのは、観賞魚のようにかわいい小魚、青白いルリスズメダイである。頭部が紫で尾の方がオレンジの小魚も目を引いた。ロイヤルドティーバックという名前だそうだ。黄色と黒の縦縞のクラカオスズメダイも、珊瑚の周りに生息する小魚である。
 小さなウツボが、こちらの姿に驚いたか、さっと岩蔭に身を隠した。岩の間には針が長くて黒いウニが潜んでいる。いちばんグロテスクなのが、巨大な黒っぽい縞のナマコだった。オオイカリナマコというそうで、一瞬ウミヘビかと思ってしまった。
「食べられるんですか」
「まずくて食えないって話だよ」
 水中メガネを通して覗くと、数メートルはあるように見えてしまう。自分の目で魚を追っていくと、魚になったかのような気分になる。無数の小魚に目を移すと心がなごみ、いくら潜っていても飽きないのだった。(つづく)

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